「もっとも重大な意味を持つ大統領」
「フランクリン・D・ルーズベルト以来もっとも重大な意味を持つ大統領」――英誌『エコノミスト』がトランプ前大統領の異例の再選が決まった直後のトップ論評記事で使った表現だ。同誌は大英帝国時代から世界の自由貿易体制を言論で牽引し、今も世界の知識人に世界情勢を理解するうえでの指標を与えている。伝統ある雑誌のこの簡潔な一言は、日本のメディアや知識社会にはない視点だろう。古典的自由主義を標榜する同誌は反トランプである。
同様にアメリカを代表する新聞『ニューヨーク・タイムズ』ではトランプ当選確定直後、同紙専属の保守派長老コラムニスト、デビッド・ブルックスが、署名コラムで次のように論じた。「左派(民主党)がアイデンティティ政治の演技で人々の歓心を買おうとしている一方で、トランプは真っ向から階級闘争(class war)に飛び込んでいった」
これもまた、日本ではよく理解されていない論点だろう。念のためだが、保守派とされるブルックスは新保守主義者(ネオコン)に近く、反トランプである。ネオコン知識人はトランプ周辺からは追われ、多くが民主党(昨年の大統領選ではカマラ・ハリス候補)支持に転じている。にもかかわらず、ブルックスのトランプ分析は冷静で鋭い。保守派知識人までが「階級闘争」の概念を使って説明しなければならないほどに、アメリカの分断は左右というより、むしろ上下の闘争になってしまっていることが分かる。
いよいよ1月20日に第2次トランプ政権が始まる。
政権発足第1日からトランプが矢継ぎ早に打ち出す大統領令などでメディアの騒動が始まるのは目に見えている。まずは2021年1月6日に起きた連邦議会乱入事件で訴追された人々の恩赦などが想定されている。だが、そうした騒動ばかりに目を奪われていると肝腎なことを忘れかねない。この政権が、そしてその後のアメリカと世界が、長期的にどこへ向かおうとしているのかということを分析することこそが重要だ。それなのに、反トランプ感情が先立つメディアや「専門家」はそれを忘れているかのようだ。日本はアメリカ以上にその傾向が強い。冒頭掲げた2つの視点を手掛かりに、まずアメリカの現状を考えてみたい。
トランプが加速させた二大政党の変化
トランプの大統領選勝利から2週間後、『歴史の終わり』の著者である政治哲学者フランシス・フクヤマと今度の選挙結果の意味について議論した。『政治の起源』など2000年代に入ってからの彼の主要著作はほとんど筆者が邦訳してきたこともあり、交友も長い。「フランクリン・D・ルーズベルト以来もっとも重大な意味を持つ大統領」という『エコノミスト』誌の評価も話題にした。この評価にはフクヤマも同意している。主たる理由は、トランプが二大政党の一方である共和党を乗っ取って「中身をほぼ全面的に変えてしまった」ことにある、という。
第1次トランプ政権(2017〜21年)以前、特にレーガン政権(1981〜89年)以降の共和党は、国際主義であり自由貿易推進で、必要とあらば軍事力行使をためらわない政党であった。それをトランプが一挙に、ナショナリストで保護貿易、孤立主義の政党に変えてしまった。確かに、この大きな変化は、F・D・ルーズベルトが大恐慌を受けて始めたニューディール政策のもとで、労働者、移民少数民族、知識階級、南部保守派の連合(ニューディール連合)を形成し、その後長く民主党優位の時代を築いたのに相当する可能性が高い。
ニューディール期以降に形成された民主党=労働者・下層階級の政党、共和党=企業側・上流階級の政党、といった政界のイメージも、第1次政権から今回のトランプ再選を経て急速に変わっている。実態面ではまだ過渡期的だが、二大政党のイメージはいまや、労働者・下層階級の政党である共和党、金融・ITなど巨大企業寄りの金持ちエリートの政党である民主党へとほぼ転換した。この二大政党の変化は、実は1960年代末のニクソン政権時代からじわじわと始まり出していたのだが、トランプが一挙に転換させた面がある。
2024年11月の選挙結果で最も重要なことは、トランプが伝統的な民主党の基盤であったヒスパニック(中南米系)票や黒人票、若者票まで、前回2020年選挙よりも得票率を上げていることだ。初の女性大統領を目指したハリスを相手に、女性票まで得票率を上げた。2016年選挙では白人労働者層をがっちりと固めて辛勝したトランプは、人種差別主義者、女性蔑視、ファシストだとマスコミにたたかれた。しかし、どうもそんな話ではない。かつてニューディール連合が形成されたように、労働者階級を軸にして新たな連合が形成されつつある、と見るのが順当である。
労働者票(高卒以下の学歴)に限って見るとトランプは56%、ハリスは42%であり、前回2020年のトランプ50%、バイデン48%からトランプ側が大きく得票率を上げている。白人労働者では59%(2020年)から66%(24年)、ヒスパニックでは31%から47%に、黒人でも11%から13%――と軒並み共和党が得票率を上げた。年収別で見ても、10万ドル(約1500万円)以上はハリス51%、トランプ47%で、20年のバイデン42%、トランプ54%に比べて、富裕層は民主党支持という傾向が鮮明になった(以上、出口調査にもとづく)。