【座談会】非正規公務員――実態・構造・課題・改革

古賀勇人(一橋大学社会科学高等研究院講師)
2025/12/08

非正規公務員という課題への視点

竹信 本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。非正規公務員は、いまや70万人を超え、公共サービスの質にも深刻な影響を及ぼしています。これらの人たちが置かれている状況を、現場発の「虫の目」の視点で伝えたいと、先月号まで『地平』の連載で追ってきました。今日は、この問題を鳥瞰的な「鳥の目」の視点からも考えてみたいと思い、研究者の方々にお集まりいただきました。まず、皆さんが非正規公務員問題に関心を持たれたきっかけについて伺いたいと思います。

上林 30年ほど前、非常勤職員の方からその窮状を訴える話を聞いたことがきっかけです。正規職員に比べて1週間で15分、1日にすれば3分勤務時間が短いだけなのに、非常勤とされて、待遇に大きな差があることに疑問を感じました。非正規公務員は、当初は臨時職員や嘱託職員という形態でしたが、2017年の地方公務員法改正で会計年度任用職員制度が導入され、問題がより顕在化してきました。特に気になったのは、民間の非正規労働者には適用される労働法の保護が、公務員には適用されないという構造的な問題です。例えば、労働契約法の無期転換ルールや雇い止め規制、パート有期雇用労働法の均等均衡待遇――これらが公務員には適用されません。民間であれば5年働けば無期雇用に転換できますが、公務員は何年働いても1年契約のままです。

 また、2000年代から自治体の財政難が深刻化し、正規職員の削減が進む一方で、行政需要は増えつづけました。そのギャップを埋めて、図書館、保育所、学校、福祉施設――市民生活に不可欠なサービスの現場で、非正規公務員が基幹的な業務を担うようになり、その処遇は極めて不安定で低賃金であったわけです。

川村 私は過労死の問題から研究を始めたのですが、格差・貧困の温床でもある非正規雇用問題に関心をもち、地元の北海道の労働組合・各産別のご協力で大規模な調査を2009年に行ないました。そこで、公務の非正規問題が深刻であることに気づかされたのが発端です。おかしな言い方ですが、民間の非正規がまだましだと思えてしまうような実態に驚きました。特に、竹信さんのルポでも書かれていますが、民間の「雇用」と、公務の「任用」は違うなど、複雑な法制度が最初はよく理解できませんでしたね。上林さんの本などの先行研究に学びながら、その後も継続的に調査を行なってきました。

竹信 「任用は行政行為であり、労働契約ではない」といわれるのですが、実態を見れば、上司の指示に従って働き、給与を受け取り、それで生活を立てているので、労働そのものです。にもかかわらず、「任用」という言葉によって、労働者としての権利が否定されてしまっています。

 早津さんはどのような経緯で関わられたのでしょうか。

早津 私は大学を卒業したのが2011年で、この問題に関心を持ち、勉強を始めたのが2012年ころからです。民間であれば当然認められる権利が、公務員には認められないケースが多く、法的な問題の大きさを実感しました。他方で公務員だと言われながら、公務員法がしっかり守ってくれない。それなら労働者だとして扱ってもらえるかというと、公務員だということで労働法は適用されない、いったい何なんだ、というところから研究してきました。

実態を可視化したルポ

竹信 次に、私の連載について率直なご感想を伺いたいと思います。この制度の怖さがうまく伝わらないのは当事者の「感情」が書けていないからと気づき、あえて現場の人たちの体験に絞ってルポという形を取ってみたのですが。

上林 端的にいえば、これはまさにジャーナリズムの仕事だと感じました。この連載に出てくる人たちの中には、私もこれまでの研究などの中で知り合った人が少なからずいます。でも、これまで知ることのできなかった生々しい声が伝えられています。声を出したいけれども、出せない。声を出した途端に生活の糧を失うという恐怖を常に抱えている人たちの、その出したくても出せずにきた声を引き出し、克明に記録している。非正規公務員問題が職場の問題から社会の問題になってきたのは、こうしたジャーナリズムの力があったから、ようやく人の耳目に達するようになってきたのだ、と感じました。もっとこういった形で、出せない声が拾い上げられていってほしいと痛感します。

 ただ、こうした声を出せている人は、まだまだ少数派です。さらに多くの当事者が声を出せる状態にしていかないと、いま声を出している人たちも厳しい状況になってしまうだろうと思います。もっともっと声を出していいのだ、という環境づくりに注力していく必要があるのだろうと考えながら読みました。

竹信三恵子

(たけのぶ・みえこ)和光大学名誉教授。元朝日新聞記者。NPO法人官製ワーキングプア研究会理事。

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