居住貧困という政治課題――住宅危機と排外主義

佐藤和宏(高崎経済大学地域政策学部准教授)
2025/12/08

 欧州においても排外主義が跋扈しているが、その背景・理由には住宅危機があることが指摘されるようになってきた。同様に、日本でも、住宅危機を理由とした排外主義が生じているように思われる。

 2025年の東京都議会選・参院選と引き続く選挙結果に筆者は少なからぬ衝撃を受けたが、その問題関心にも触れつつ、住宅問題および住宅政策について述べていきたい。

欧州における住宅危機と排外主義

 欧州では、住宅危機と排外主義の関連について2010年代頃より議論が蓄積されてきた。

 住宅費は、EU域内で家計支出の最大項目となっている。EUの統計であるEurostatによれば、2010年から2023年末までの間に、EUにおける平均家賃は約23%、住宅価格は約48%上昇しており、インフレ率を上回る。こうした状況に対して、当然、人々は政策的解決を要求する。2024年欧州議会選挙前の調査によれば、欧州市民の3分の1が「貧困・社会的排除との闘い」を主要課題とすることを望み、また国レベルでは約4分の1が「社会住宅不足やホームレス問題」を最重要関心事項のひとつとして挙げた(Soler 2024)。

 ではなぜ、住宅費高騰が生じているのだろうか。それは、建設コストの高騰、住宅ローン金利の上昇、建設活動の減少によって住宅供給が圧迫される一方で、富裕層を中心として、Airbnbなどの短期賃貸や投資目的の住宅購入・別荘需要が都市部の価格を押し上げているからだとされる(Carbonell & Kuiper 2024)。

 これら住宅危機は、以下のような階層的帰結をもたらした。第一に、もっとも影響を受けたのは若者や困窮層であり、低所得の借家人は可処分所得の40%以上を家賃に費やしている。もちろん地域差はあるものの、高校や大学を卒業後に親と世帯を分けることを基本とする欧州で、親元を離れる平均年齢は26.4歳に達し、適切で手頃な住宅を確保することへの不安が高まっている(Soler 2024)。

 第2に、家賃は今や若者と困窮者に課される逆進的な税となり、彼ら借家人は、年長で資産を持つ家主に住むための場所代を支払っていると認識されるようになっている。住まいは、低所得者から高所得者への所得移転を媒介する不平等の主要なエンジンとなり、資産を持つ者と持たざる者の格差を強めている(White 2025)。

 こうした住宅危機と逆進的階層性が一因となって、排外主義が台頭している。住宅危機の真の原因は移民だとする主張が欧州各地で叫ばれ、住宅の確保を最重要の関心事とする若者の有権者の要求と重なり、近年、極右勢力は各国のみならず欧州議会でも着実な前進を遂げている(Dettmer et al. 2024)。排外主義政党として知られる「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率は、住宅費が上昇している地域ほど伸長しているとの指摘もある。

 国連「適切な住宅への権利」報告者のバラクリシュナン・ラジャゴパルは、「極右政党は、投資不足や不十分な政府計画によって生じる社会的な亀裂を利用し、さらに『よそ者』に責任を押し付けるときに繁栄する」と指摘する。また「住宅危機が極右政党にとって『エリート 対 民衆』の構図として描きやすく、移民が自国民より優遇されていると訴える題材になりやすい」と語る研究者もいる(Henley 2024)。

 では、住宅危機の原因は移民だろうか。そして、排外主義勢力の台頭は住宅危機を解決するだろうか。

 そうとは考えられない。ラジャゴパルによれば、1980年代、計画が悪い・市場が良いという思想を欧州が受容した。ただし、市場は自分のことしか面倒を見ないため、国家計画を放棄すれば、誰も住宅を供給しない(Henley 2024)。欧州では、社会住宅がいっせいに、あるいは数万戸単位で民間へ移管され、住宅の金融化の土台を形成した。加えて、各国政府は投資を呼び込むために、借家人保護を弱め、都市計画規制や建築基準を緩和し、REIT(不動産投資信託)などに補助金や税優遇などを与えてきた(White 2025)。こうした民営化・規制緩和の帰結が、先にみた欧州での住宅危機の現状であろう。

 対して、金融資本は自らを「解決策」として装い、「投資が住宅供給を増やす」という物語を広めてきた。しかし証拠が示す実態はむしろ逆で、住宅所有率や供給は増えず、住宅費だけが膨張している。2008年の世界金融危機以降、金融機関による住宅の大規模な所有と支配が進み、2008年に3850億ドルだった世界の不動産運用額は、2023年には1.7兆ドルに拡大した。プライベート・エクイティ、保険会社、ヘッジファンドなどは、住宅を有利で安全な資産とみなし、ユーロ圏の住宅購入を過去10年で3倍に増やしてきた(White 2025)。

 住宅危機を背景に、政策的解決を要求する市民の運動が広がり、投機への規制が導入されつつある国もある。しかし、不動産資本はロビー活動により改革を阻止し、あるいは実行を遅らせている(White 2025)。つまり、住宅危機の真の原因は、移民ではない。政府と金融資本である。移民を排斥しても住宅危機は解決しない。排外主義勢力の台頭は住宅危機を解決しない。

 私たちは、住宅危機と排外主義の以下のような関係に留意する必要がある。第1に、住宅危機による人々の不安が排外主義勢力の支持に結びついているということである。住宅危機「なのに」排外主義が受容されたのではない。住宅危機「だから」排外主義が受容されたのである。

 第2に、ラジャゴパルの指摘からも明らかなように、排外主義勢力は自らの支持拡大・動員のために社会的な亀裂、差別・分断を利用しているにすぎず、住宅危機を解決しようとしてなどいない、ということである。

東京の住宅問題

 日本に目を移してみよう。現在、東京都は、周辺相場より手頃な価格で提供されるアフォーダブル住宅を提起・検討中である(1)。子育て世帯が郊外に流出する一因として住宅費上昇があると認識しているからだ。そこで、まず住宅費上昇を見ておきたい。

佐藤和宏

高崎経済大学地域政策学部准教授。1988年、静岡県生まれ。東京大学人文社会系研究科博士課程修了、博士(社会学)。主な業績は「日本の不動産業・家主の特性と準公共的な住宅ストックの模索」『社会保障研究』10巻1号(2025)、「住まいはどのように社会保障の課題となったか――居住保障からみる「住まい政策」批判」『産業研究』59巻1号(2023)など。

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