これまでの記事はこちら
「存在するすべてのものにポルノがある。例外はない」
(If it exists, there is porn of it. No exceptions.)
インターネットの興隆は、他者と知識や経験を共有し、見たことのない世界に触れ、新たな創造をしたいという人間の好奇心を糧に一九九〇年代以降急速に進展した。
一方で、悪意あるデマや誹謗中傷、同意のないポルノなどがネット世界を覆いつくしていることもまた事実だ。冒頭の言葉は、「ルール34」と言われるインターネットの法則で、「どんな時代も、新しい技術は必ずポルノをつくるために使われる」ことを肯定する意味で二〇〇八年頃に世界最大の匿名掲示板「4chan」のユーザーの間で熱烈に支持されたものだ。この言葉が示す価値観は、ディープフェイクポルノが蔓延するネット空間の奥底に今も根強く存在しつづけている。
ディープフェイクポルノの隆盛
ディープフェイクとは、AIや機械学習によって写真や映像、音声の一部を用いて本物そっくりに生成・合成された画像や映像をいう。アートやものづくりなど人間の創造性を高める手段として肯定的に使われる場合もあれば、選挙時のデマや攻撃に使われたり、人種差別や排除などの目的で作成されたりもする。だが、実はネット上のディープフェイクの約九割はディープフェイクポルノ(性的ディープフェイク、AI生成ポルノ)であり、その標的となっているほとんどは女性である。この現実に、まず私たちは向き合わなければならない。
二〇〇〇年代初め頃、アイドルの顔をポルノ女優に入れ替えるアイドルコラージュ(アイコラ)はすでにネット上で広がっていた。その後、AIで合成されたディープフェイクポルノが初めて公開されたのは二〇一七年、米国の掲示板サイト上だったといわれる。今では生成AIを用いてディープフェイクポルノを作成できるアプリが無料で簡単に入手できるようになった。さらにAIを学習させるための写真・動画データも飛躍的に増えた。ネットの海に日々私たちがアップする膨大な写真や映像すべてが、ディープフェイクポルノの素材となり得る。こうして、写真一枚あれば誰もがディープフェイクポルノを作成できる環境が整ったのだ。これまでの対象は歌手やタレント、政治家、TVキャスターなど、メディアへの露出が高く写真などを簡単に入手できる女性たちだったが、いまやその標的は一般女性、そして子どもたちへと拡大している。
誰もが被害者になり得る
「ある日、友人から『本当に言いにくいけど、知っておいたほうがいいと思って』というメッセージが送られてきました。そのリンクをクリックすると、私の顔をした人のポルノ映像でした」
二〇二三年、ドキュメンタリー映画『別の身体——私が見たAIの悪夢(Another Body: My AI Nightmare)』が公開された(監督:ソフィ・コンプトン、ルーベン・ハムリン、英国/米国、日本では未公開)。
工学部に通う米国の大学生、テイラー・クライン(作品では仮名)は、自分のディープフェイクポルノが作られ、世界中に拡散されていることを知る。そのショックに加え、動画につけられた何十ものコメントを見て彼女は驚愕する。容姿の品評、卑猥な言葉、女性への蔑視など、そこで繰り広げられるコミュニケーションはまさに地獄絵図だった。
真面目で親しみやすい性格の彼女は、他の誰もがやっているのと同様、Facebookに趣味や旅行の写真など、他愛もない日常のシーンをいくつもアップしていた。
「ポルノサイトで私を見つけた人たちがメッセージを送ってきました。最初は、自分の名前と顔が出ていたことがショックでした。学校や街の名前まで出ていたなんて、わけが分からない。しかも、よく見たら動画は数千回も閲覧されていたんです」
テイラーの顔を使ったディープフェイクポルノは六本あり、ポルノハブという動画サイトに掲載されていた。地元の警察に通報するが、反応は鈍い。数週間後にようやくあった折り返しの電話では、「この州には同意のないディープフェイクポルノを取り締まる法律がないため、加害者を摘発することはできない」という。動画にあるのはテイラーの顔だけで身体は別人のものであるため、同意のないポルノを規制する法律に該当しないというのだ。
「誰かが私を罰しようとしているみたいな気分でした」
動画を見つけ出し確認する作業も、警察に説明する行為も、苦痛をともなう二次被害に他ならない。テイラーは不安症と強迫性障害を患い、動画を見た誰かにつけ狙われたり、暴力を振るわれたりするのではないかと考えるようになった。
出口がない不安と恐怖に追い込まれたテイラーだったが、あるきっかけで物語は大きく展開する。同じポルノサイトに友人のジュリア(仮名)のディープフェイクポルノも掲載されていたことを偶然見つけたのだ。自分たちの身近にいる者がやったに違いない——そう確信したテイラーはジュリアとともに作成者を突き止めることにした。ポルノサイト上のアカウント名や過去の投稿を調べ上げることから4chanなどの匿名掲示板サイトの調査まで、二人は途方もない時間を費やし、ようやく作成者の存在をつきとめた。それは、同じ大学の親しい友人だった。二人は警察を説得し、その男の家に向かわせる。彼はディープフェイクポルノ作成について曖昧な態度をとったが、最後には「二度としない」と謝罪したという。警察ができるのはここまでだ。テイラーは悔しそうにいう。
「彼は今回、実質的にまんまと逃げおおせることができました。きっとこの先も周りの女性たちに同じことを繰り返すと思います」













