二〇二六年一月三日未明、カリブ海を切り裂いた閃光は、単なる軍事作戦の開始を告げるものではなかった。「南の槍(サウザン・スピア)作戦」および「絶対的決意(アブソリュート・リゾルヴ)作戦」と呼称された一連の事象は、国際法秩序における不可逆的な特異点(シンギュラリティ)として歴史に刻まれるだろう。麻薬船の破壊、海上封鎖、首都への空爆、そして現職国家元首の拉致・訴追が結合した攻撃――その特異性は、米国自身が本作戦を「外科的法執行作戦/手術(オペレーション)」と性格づけた点にある。マドゥロ大統領を対等な「敵国元首」としてではなく、連邦地裁の起訴状に基づく「麻薬テロリスト」として処理しようとする姿勢は、国際法が峻別してきた戦争と警察活動の境界を、意図的に溶解させるものである。
しかし、この作戦の明白な違法性を断罪するだけでは、今回の事態がもたらす影響の全体像を捉え損ねるだろう。本件が異様なのは、冷戦後に国連憲章に基づいて構築されてきた普遍的秩序が解体し、覇権国が地域的な勢力圏で独自の法を執行する瞬間でもあるからだ。本稿では、普遍性を騙る地域的な法執行作戦の暴力が、いかにして国際社会という生態系を、分断された世界へと変貌させうるのかを解剖する。
武力行使――「戦争に対する法(ユス・アド・ベルム)」と「戦争の中の法(ユス・イン・ベロ)」
まずは、本作戦が複数の国際法規範に多重的に違反することを確認しておかねばならない(1)。何よりも本作戦は、法執行という装いにかかわらず、他国に対する武力行使の問題である。現代国際法の戦争に対する法(ユス・アド・ベルム)によれば、国家による武力行使は国連憲章二条四項により原則的に禁止されている。この例外は自衛権(五一条)と安保理による強制措置(四二条)のみである(国際司法裁判所(ICJ)核兵器勧告的意見)。本件「絶対的決意作戦」には安保理決議が存在しないため、その適法性は唯一「自衛権」の要件充足にかかっている。自衛権行使には「武力攻撃」の発生に加え、慣習国際法上の「必要性」と「均衡性」が求められる(ICJニカラグア事件本案判決)。
(1) 本件に関連する国際法規範・論点については、根岸陽太「米国対ベネズエラ『南の槍作戦』・『絶対的決意作戦』(二〇二六年一月三日~)国際法情報ページ」を参照。








