トランプ2.0政権始動――内部抗争兆す新右派

会田弘継(ジャーナリスト・思想史家)
2025/02/05
ワシントンDCでの就任パレードの日、大統領令に署名するトランプ米大統領。2025年1月20日。Photo by ANGELA WEISS/AFP/Aflo

 メキシコとの国境に「非常事態宣言」を発し、気候変動対策の「パリ協定」からは再離脱、世界保健機関(WHO)脱退も表明した――。1月20日、酷寒を避けて連邦議会議事堂内で行なわれた2期目就任式での演説で、トランプ米大統領は世界が懸念した通り、独断的としかいえない方針を次々と表明、式典後、次々とそれらを実行する大統領令に署名を始めた。

 トランプはその就任演説で、アメリカの衰退を終わらせ「黄金時代」を築くと宣言、再び製造業国家・エネルギー輸出国家となると未来の方向を指し示した。「鉄道を敷き、摩天楼を築き、高速道路を建設し、2度の世界大戦に勝利し」、また「原子を分裂させ、人類を月に送り込んだ」アメリカを復活させて、火星に宇宙飛行士を到達させるという。復古と未来が奇妙に入り交じるアメリカ像がのぞく。

 就任式には、つい最近まで民主党の岩盤支持母体であり大きな資金源でもあったIT業界から、トランプ氏側近のような立場に転じた起業家イーロン・マスクの他に、メタ最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグ、アップルCEOのティム・クック、アマゾン・コム創業者ジェフ・ベゾスらが顔を揃えた。先端産業界を巻き込んで政財界勢力図再編が起きていることをうかがわせるが、まだ行方ははっきりしない。背景には俗に「新右派(New Right)」と呼ばれる保守思想界の新潮流がある。1人の起業家が、こうした再編・新潮流の台風の目のようになっている。起業家ピーター・ティールだ。

保守諸潮流の相克

 思いもかけぬ当選で閣僚人事もままならなかった第1次政権に比べ、第2次政権は周到な準備のもとトランプの強力な統率が効く陣容が組まれたとされる。にもかかわらず、政権発足を前に早くも「内紛」をさらけ出した。その発端はH-1Bと呼ばれる専門技術を持つ外国人への就労ビザの発給問題だ。自国民優先で同ビザの発給制限を求め「アメリカ・ファースト」を唱えるトランプ支持者らと、同ビザでグローバルに人材を求めるシリコンバレーのトランプ支持起業家集団の間で紛糾となった。前者の代表は第1次政権で大統領側近だったスティーブ・バノン、後者は第2次政権で実質的な側近となった起業家マスクだ。 

 トランプ現象の軌跡をふり返れば、日本でも著書『ゼロ・トゥ・ワン』で知られるピーター・ティールは例外として、シリコンバレーの代表的起業家たちは挙げて民主党を支持してきた。テクノリバタリアンとも呼ばれた彼らが、昨年の大統領選で大挙してトランプ支持に回るという「異変」が起き、マスクらは今では「テック右派(tech right)」と呼ばれる。新参なのだ。旧来からのトランプ支持=「アメリカ・ファースト」の潮流に新たな要素が加わって、摩擦を起こしている。それがH-1Bビザをめぐる論争だ。 

 こうした派閥抗争はアメリカ政界の常だ。特に保守側の抗争は思想背景が絡まって複雑である。過去をふり返れば、当初は過激な右派と目されて始動したレーガン政権(1981〜89年)で、発足直後に「全米人文基金」という政府系組織の理事長ポストをめぐって「伝統保守派(オールド・ライト)」と、当時は保守派への新参者だった「ネオコン(新保守主義者)」の間で激しい抗争が起きた。ネオコンが勝利したが、遺恨は今世紀に至るまで長く尾を引く。 

 この紛争は、レーガン政権が戦後保守思想史の多様な潮流に乗って登場したことが背景となっている。リバタリアニズム(自由至上主義)、伝統保守主義(オールド・ライト)、ネオコン、宗教保守……これらがそれぞれ運動体を形成し、人的に重なり合うところもあれば(同1人でも複数の側面を持つ)、水と油のように反りが合わなかったりしながら、冷戦期に共産主義と対峙するため大同団結した。冷戦後は団結の必要が薄まり、諸潮流の対立が始まったが、9・11テロを受け対外強硬派ネオコン優位の団結(実態は面従腹背)がトランプ登場まで続いた。 

 こうして冷戦期からついこの間まで続いた保守思想諸潮流の大同団結を「融合主義(フュージョニズム)」とか「レーガン主義(レーガニズム)」と呼び習わした。トランプが巻き起こした右派ポピュリズムは、このレーガニズムを一挙に破壊したとみなされている。9・11以降20年にも及んで米国史上最長となったアフガン・イラク戦争は結局失敗(実質的に敗北)に終わった。冷戦後進んだ市場原理主義的なネオリベラル経済も2008年のリーマン危機で破綻し、その後のオバマ政権の失政が醜悪なほどまで経済格差を広げた。そうした事態が、2016年大統領選挙で民衆蜂起を誘発した。右派側で起きた蜂起がトランプ現象である。ただ、単にここ20年ほどの米政治経済の混迷を超えて、1970年代までさかのぼるグローバルなシステム全体に及ぶ政治・経済・社会構造の転換に遠因を求めるべきことは、本誌前号の拙稿(「トランプ2・0政権の意味」)で触れた通りだ。 

 トランプ現象の結果、アメリカの保守思想界(知識人社会)では政界同様に再編が始まり、レーガニズム全体がいったん否定された。その結果、冷戦後、特に9・11後の一方的な外交・安全保障政策を牽引してきたネオコン系知識人らが共和党から民主党支持へと転向し(1970年代のネオコン発生期と逆の現象)、ネオリベラル経済政策を主唱したリバタリアン知識人らも退場せざるをえなくなった。新たに孤立主義的な思想集団であるパレオコン(旧保守=伝統保守の系譜)や、大きな政府による産業政策などで労働者層救済を探る改革保守(リフォーモコン)、さらにはカトリック知識人らが核になり米国型自由主義に根本的見直しを迫るポストリベラルと呼ばれる集団が浮上してきた。

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会田弘継

(あいだ・ひろつぐ)ジャーナリスト・思想史家。1951年生まれ。共同通信社ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長、青山学院大学教授、関西大学客員教授など歴任。著書に『トランプ現象とアメリカ保守思想』(左右社)、『それでもなぜ、トランプは支持されるのか――アメリカ地殻変動の思想史』(東洋経済新報社)など。訳書にフランシス・フクヤマ『政治の衰退』(講談社)など。

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