アメリカ合衆国を特徴づけるものといえば、人種・民族の多様性、そして人種問題が挙げられることは疑いないであろう。2020年の新型コロナウィルス・パンデミックが引き起こしたパニックの中で、アジア人・アジア系アメリカ人に対する憎悪犯罪(ヘイトクライム)が急増した。同時に警察の人種主義的暴力に抗議するブラックライブズマター(BLM)運動が激化すると、ますます、「アメリカといえば人種問題」という見方があらためて確認される傾向がある。
こうした語られ方は、多くの場合いくつかの仮定にもとづいている。まず、アメリカは「日本とは違って」人種問題が深刻である、という前提がある。評者も学生などから「単一民族国家である日本とは違って、アメリカは多民族なので……」といった発言を耳にすることが多い。だがこの認識に則る限り、アメリカの人種問題やその歴史を知ることは、アメリカとの違いを前提した「人種問題なき社会としての日本」という自画像を再生産・強化することを意味する。そのことは、実際には日本社会が以前から多民族・多文化的な社会であったにもかかわらず、日本社会の人種問題を最近日本に到来するようになった「外国人」によって「外部」から持ち込まれる「災い」とみなす、排外主義的な眼差しの正当化や修正主義的な歴史認識としても機能している。
これに関連したもうひとつの仮定として、人種問題を「問題」として語るときの前提を考える必要がある。この前提にあるのは、人種を、身体的差異(主に肌の色)によって客観的に分類できる生物学的で不変にして普遍的な差異のカテゴリーであるとし、その上で、人種差別とは「異物」に対して個人が人間として抱くある種の本能的な恐れや警戒や反発が「偏見」として表明されたものであり、より礼儀正しいふるまい方を学習することで恐怖心はなくなり、差別はなくなっていく、とする考え方である。この考え方に立つと、差別とは「明瞭な悪意による他人種への攻撃」という意味に限定される。
本稿で取り上げる3冊は、こうした前提を問い直すことを直接的・間接的な目的としている。いずれも研究書ではなく初学者・一般読者向けの書籍であるが、アメリカの人種の歴史を研究する第一線の研究者たちにより、近年の研究動向を反映させた啓蒙書である。
個人の悪意を超えるものとしての差別を学ぶ
森川美生・大森一輝『「もう差別なんてない」と思っているあなたへ』は、アメリカ史における人種およびジェンダーの問題を踏まえ、日本社会における「差別」の問題を考える入門書である。著者は本書において、近年のアメリカと日本において差別をめぐる言説が相似的であることを注視する。それは、差別はもはや(深刻な形では)存在しない、むしろ「逆差別」が問題である、とする言説である。これらの論理と文脈の共通性を踏まえて、著者はアメリカ史研究の蓄積から日本における差別の語られ方を再考するよう促している。第1部では、マイノリティや女性による権利の保障や差別の是正を要求する抗議を「逆差別」だとする論理と、差別は問題だとしても「区別」は必要であり正当である、という論理が俎上に載せられる。これらのロジックに共通する陥穽は、人種やジェンダーが権力関係──人種や性差にもとづいて人を「男性」と「女性」、「白人」と「非白人」、「日本人」と「非日本人」へと分類し、前者が機会や利益や権利を独占し、後者がアクセスを妨げられる関係──であることを(あえて)無視していることだと、本書は指摘する。
森川と大森は社会構造の格差を、マジョリティ(それもそのうちの一部の者)にとって登りやすくマイノリティにとって登りにくいよう整備された山にたとえ、その不平等な登山道のあり方を維持・再生産するさまざまな制度や政策や慣行を構造的差別と呼ぶ。そして、山の上側にいる人間が個別に下側の人間の登山を妨害する行為(明瞭な悪意による攻撃)のみが差別と思われがちだが、不公正な登山道のあり方自体も、そして登山道のあり方を皆にとって登りやすくしないことを容認し正当化することもまた差別なのだ、と指摘している。
この指摘は、社会学者ホックシールドが白人労働者階級の世界観として描き出した山の比喩を踏まえている(1)。それは、自分たちがアメリカ的成功の山を下から一歩ずつ真面目に登る列の途中で横入りしてくる者がいて、それがリベラル支配の政府が依怙贔屓(えこひいき)するマイノリティだという認識である。しかし森川と大森によれば、この認識こそが自分の「見える範囲の前方」しか見ようとしない特権意識なのであり、この構造に物申すマイノリティを「逆差別」と非難することこそ特権の防衛に他ならないと指摘する。
差別ではなく区別という物言いも、登山にたとえるならば、マイノリティや女性にとって登りにくいような恣意的設計を「自然」な本質的差異に由来する宿命として正当化する論理に過ぎない。かつてアメリカ南部に存在した強制的人種隔離法からアファーマティブアクション反対論、男女平等を個性の否定と決めつける論理から選択的夫婦別姓反対論に至るまで、著者たちは、固定的なものと仮定された区別を恣意的に立てるといった差別を正当化する議論に警鐘を鳴らしている。
著者と学生との対話の形をとった第2部では、差別の存在を否定する日本の日常におけるさまざまなロジックに再考を促す。「女性専用車両は女性優遇では?」「身体で結局人種や男女は違っているのは確かでは?」「理数系分野に進む女性が少ないのは女性自身が望んでいないからでは?」「なんでも差別だと言われれば息苦しい社会になるのでは?」などの日米双方でよく聞かれる議論に対し、差別の本質に関する前述の原則から丹念に応答しており、実際にそのような言葉が発せられる場に直面した人が差別の構造に抵抗する/加担しないためにはどうすべきかの指針を得るヒントが豊富である。第3部は、公民権活動家ジョン・ルイスの人生と時代、そして女性と生殖の自己決定をめぐる議論を取り上げ、具体的事例から「構造的差別」と個人の関係を探究する。
本書はコンパクトな新書サイズであり、ジェンダーや人種に関するあらゆる重要な争点や議論を網羅するには紙幅が限られている。アメリカでは歴史の中でいかに「人種」という概念が創出されたのかという点についても多角的な研究が蓄積されており、本書がそうした研究に言及していれば人種や性差の恣意性をさらに効果的に明らかにしただろう。とはいえ本書を読めば、日本で当たり前のように語られる言葉が実は存在する差別を不可視化していることに気付かされ、差別をないことにするのではなく、あるものとして向き合い克服する道筋を探究するための格好の導入になることは疑いない。
アジア人とアジア系アフリカ人と私たち
新型コロナウィルス感染症の拡大に際して、反アジア人感情が亢進し、さらに当時のアメリカ大統領ドナルド・トランプがこれを「中国ウイルス」「カンフル(カンフーとインフルエンザを合わせた言葉)」と呼んで反中感情を煽った結果、中国人・中国系のみならず日本人を含むアジア人・アジア系アメリカ人が憎悪犯罪の標的となった。これを機に日本では米国におけるアジア人・アジア系の立場や差別の問題への注目が高まった。授業に対する学生の反応などを見ても、そのような変化を感じる。
いわゆる日本人は日本社会では人種民族的マジョリティだが、アメリカではアジア人・アジア系という人種マイノリティとなる。アメリカの外部からアメリカを見るとき意識的・無意識的に白人マジョリティ側に同一化する日本人は多いが、日本製鉄のUSスチール買収計画へのヒステリックな反発や、トランプ大統領の反「多様性」政策により士官学校で日本やアジア太平洋理解のための学生クラブ活動が解散させられたことは、日本人・アジア人とその文化が白人から排斥される側であることを物語っている。
ではそのアジア人・アジア系は、アメリカでいかなる歴史を歩み、今どのような状況に置かれているのか。この問いに対する格好の入門書として、李里花編著『アジア系アメリカを知るための53章』(以下、『53章』)とキャサリン・C・チョイ(佐原彩子訳)『アジア系のアメリカ史』が刊行された。前者は明石書店「エリア・スタディーズ」シリーズの、後者は勁草書房「再解釈のアメリカ史」(元は米国ビーコン社のRevisioning American Historyシリーズ)の一冊である。
『53章』はトピックごとに立てられた見開き数ページの短い章が多数並び、各章は歴史から現代、政治経済から文化まで、重要な情報が簡潔にまとめられ、手軽に読んで基礎的知識を把握できる構成である。他方『アジア系のアメリカ史』は8章構成の歴史の概説であるが、古い時代から現代へと進行する一般的な章立てではない。各章の起点となる年を現代から19世紀へとさかのぼる構成である。アジア人と感染症を結びつける偏見の歴史を語る第1章の起点はコロナ禍の2020年だが、インドシナ半島からアメリカに移動した難民を論じる第2章はベトナム戦争終結の1975年を起点とする、という具合である。だが各章はすべて現代のアメリカにおけるアジア系が直面する課題に結びつけられている。
両書ともに固有の魅力を有しているが、近年のアジア系アメリカ(史)研究の蓄積を反映した複数の重要テーマが共通しており、この共通点を軸に両書を紹介したい。
第1の共通性は、『53章』と『アジア系のアメリカ史』が取り上げるアジア系エスニック集団の種類の多様さである。かつてのアジア系アメリカ研究は、19世紀中葉からアメリカに移動した中国系や日系の移民/アメリカ人の歴史や文化が研究対象の中心であった。とりわけ日本においては日系移民・日系アメリカ人(史)研究は盛んだが、それ以外のアジア系アメリカ人についての研究は乏しかった。だがこの両書は現代のアジア系アメリカ人を構成するさまざまなルーツの人びとの経験を叙述している。両書とも、日系人や中国系だけでなく、フィリピン系、ベトナム系や東南アジアの山岳民族であるモン族、コリア系やインド系など多岐にわたる。さらに、『53章』は第1部でエスニック集団ごとの章が設けられているが、その中には日系全体とは別に沖縄系の章もあり、また中東系移民の章もある。そして両書とも、アジア系と他集団の混淆が新しいアイデンティティを形成していることも紹介する。
このことは、アメリカでは「アジア系」人種と一括りにされる人びとが文化的にも歴史的にも多様であり、そしてアメリカへ移動した経緯や時期などが異なる、つまり一枚岩としては語り得ない複雑さを内包していることを明らかにしているといえる。古い時代に移民労働者として入国した者とその子孫、植民地的状況から離れ、そして出身地の独立を追求するために、あるいは植民地支配を逆利用してアメリカに移動した者、戦争による難民として非自発的にアメリカに移住した者、幼少の頃に国際養子縁組でアメリカ人家庭に迎えられた者など、アジア系アメリカ人がひとつの物語に収斂させることのできない存在であることを明らかにしてくれる。
第2に、アジア人移民とアジア系アメリカ人の歴史と現在を環太平洋世界の複雑な歴史的展開──とくにアメリカと日本の帝国的なプレゼンス──のなかに位置づける点でも、両書は近年の研究動向を巧みに反映している。琉球処分後の過酷な状況が沖縄系移民を多数生み出した。植民地支配に抵抗するインド人や朝鮮人にとって、渡米は民族独立闘争の機会をもたらした。フィリピン人はアメリカ植民地支配に抵抗するため、あるいは植民地支配を逆利用して上昇機会を掴むために渡米した。インドシナ難民、とくに山岳民族モン族の難民としてのアメリカ再定住は、インドシナ戦争へのアメリカの軍事介入と秘密工作により利用された帰結であった。戦争と占領と米軍の駐留はまた、アジア人が国際養子縁組という特有のルートを通じて移動しアジア系アメリカ人になる歴史を生み出した。
このような「アジア系」の多様さは、日本在住の日本人には理解しやすいかもしれない──「日本人」が「韓国人」や「中国人」とは違うと認識しやすいように。だが第3に、他方で『53章』と『アジア系のアメリカ史』はともに、多様で時に対立する歴史と経験を有するエスニック諸集団の人びとが「アジア系」という共通のアイデンティティを獲得する過程に光を当てる。両書によれば、アジア系諸集団を「アジア系」と一括りに人種的「他者」化するアメリカ社会の論理の前に、「アジア系として」抵抗する必要性が認識され、とくにアメリカ生まれの世代が中心となった1960年代後半のアジア系学生たちによる急進的な「アジア系アメリカ人運動」「アジア系アメリカ研究」の誕生が、「アジア系」という共通アイデンティティの形成を促した。
アジア系アメリカ人の歴史は、人種が生物学的な本質ではなく、人種的な抑圧とその抑圧への抵抗の歴史こそが生み出す社会的で歴史的な構築物だということを、何よりも雄弁に物語る歴史なのである。
第4に、「アジア系」アイデンティティの形成においてブラックパワー等のアフリカ系アメリカ人運動の刺激が触媒となったこと、そして中国人移民が大陸横断鉄道建設に従事した19世紀半ばから21世紀のBLMに至るまでのアジア人移民と黒人による反レイシズムの連帯の歴史に光を当てていることも、両書の特徴である。コロナ禍の反アジア人犯罪急増を伝える日本の報道は「黒人による」アジア系への憎悪犯罪という印象を与えがちであった。だがこうした報道は、実際には地域の人口比に照らして白人より黒人の反アジア憎悪犯罪率が有意に高くはないという事実(2)を無視しただけでなく、連帯の歴史を消去する修正主義でもあったことに留意すべきである。
無論、アメリカにおけるアジア人/アジア系アメリカ人の歴史は迫害と抵抗のみでは語りえない。第5に、両書はアジア人移民やアジア系アメリカ人がアメリカにもたらした文化の多彩さと豊かさも描いている。だがそうした文化は、アジア系のアメリカへの貢献を不可視化し忘却しようとするレイシズムに対する抵抗も含んでいる。
『53章』と『アジア系のアメリカ史』は、アジア系アメリカ人と、アメリカの歴史と現在を理解するための、さらに広くマジョリティとマイノリティの関係の複雑にして不平等な力学を再考するための必読書である。そして多様なアジア諸国から移動し暮らす人びとが増加する現代日本において、「人種」問題をあらためて考える一助にもなるであろう。
1 A・ホックシールド(布施由紀子訳)『壁の向こうの住人たち──アメリカの右派を覆う怒りと嘆き』岩波書店、2018年。
2 A. Roberts and V. T. Rai, “Are Black Offenders Disproportionately Victimizing Asian Americans During the COVID-19 Pandemic? Comparison to Expected Racial Distributions and the Pre-Pandemic Period,” Victims & Offenders (May 2024): 1-18など。
【今回紹介した本】
『「もう差別なんてない」と思っているあなたへ──アメリカの経験から日本の現在と未来を考える』
森川美生・大森一輝著、小鳥遊書房、2024年9月
『アジア系アメリカを知るための53章』
李里花編著、明石書店、2024年10月
『アジア系のアメリカ史』
キャサリン・C・チョイ著、佐原彩子訳、勁草書房、2024年8月










