虚飾の原発――求められる原発の終活

松久保 肇(原子力資料情報室事務局長)
2025/02/05
福島第一原発構内に並ぶ処理水タンク群(2023年8月24日)

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 2023年、政府は気候変動対策とエネルギー安全保障の名の下、原発利用の推進は国の責務であると原子力基本法に明記した。そして、2024年末に取りまとめた国の中期的なエネルギー政策の方向性を示す第7次エネルギー基本計画では、2011年の福島第一原発事故後に記載してきた「可能な限り原発依存度を低減」という文言を削除し、「必要な規模を持続的に活用」する方針をしめした。

 また、昨年の国連の気候変動対策会議(COP29)では、COP28に続き、米英日などが2050年までに原発の設備容量を現在の3倍にするという共同宣言を発表した。東電福島第一原発事故から14年、原発は新たなブームに至ったかのようだ。だが現実はまったく違う。

増加するコストと時間

 世界の発電電力量に占める原発シェアは1996年の17.5%をピークに、2023年現在では9.1%まで低下した。今後、この数字が増加に転じることは期待できない。なぜなら、原発はコストが高く、建設に時間がかかるからだ。たとえば英国の最新の原発建設コストはkW当たり180万円超、建設期間は14年程度とされる一方、同じ英国の洋上風力発電の建設費はkW当たり30万円程度、建設期間は2年程度、太陽光発電で9万円、1年と見積もられている。

 図1に近年の原発建設費をいくつかまとめた。英国で建設中のヒンクリーポイントC原発では2基で8.2~9.4兆円に上る。アルゼンチンで中国が建設する契約を結んだものの状況が不透明なアトーチャ原発3号機でも1.3兆円、つい先ごろ発表された日本の推定建設費(2040年新設)で7203億円とされている。2000年代に運転開始した日本の原発の平均建設費が2800億円程度だったことを考えれば2.6倍に増えているものの、他国の事例と比べると日本の建設費は非常に安く見える。ただし日本の建設費推計は特定の場所における金額ではなく単なる概算値でしかない。大きな変動余地があることに留意が必要だ。

 一般に製造業の世界では、累積生産量の増加にともなって、単位当たりの生産コストが低下する「経験曲線」の存在が知られている。ところが、原発の場合、コスト低下という正の経験曲線ではなく、コスト増加という負の経験曲線が確認できる。これにはいくつかの理由があるが、その根本的な理由は原発が放射性物質という外部に漏れてはいけないものを内包するシステムだということにある。

 時間の経過とともに、原発に関する新たな知見が増えていく。それとともに新しい安全対策などが導入される。その結果、装置は複雑化し、結果、工事の難易度が上がる。工期も長期化し、人件費も増加する。工事中に新知見が生じ、規制が変わることもある。そうすれば手戻りが発生し、さらにコストはかさんでいく。米国の最新原発であるボーグル原発3.4号機は当初計画では7~8年の工期、建設費は2.2兆円のはずだった。ところが、最終的には工期は14~15年、建設費は4.7兆円へと、どちらもおよそ2倍となった。

 ところで、「原発三倍」が宣言されたCOP28では、一方で、2030年までに世界の再生可能エネルギーの設備容量を3倍、エネルギー効率改善率を2倍にするという宣言も発表され、120カ国以上が賛同した。注目したいのは原発三倍宣言の2050年という達成時期との時間軸の違いだ。地球の気温上昇を1.5℃以下に抑えるには、CO2排出量を2030年に48%、50年には99%削減する必要がある(2019年比)。原発は費用対効果も時間対効果も悪すぎて気候変動対策になりえない。

外れつづける予測

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松久保肇

(まつくぼ・はじめ)原子力資料情報室事務局長。1979年兵庫県生まれ。国際基督教大学卒、法政大学大学院公共政策研究科修士課程修了。金融機関勤務をへて2012年7月より同室スタッフ。経産省原子力小委員会委員。著書に『原発災害・避難年表」(原発災害・避難年表編集委員会、すいれん舎)、『検証 福島第一原発事故』(原子力資料情報室編、七つ森書館)など。

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