※本文中[ ]内は訳者注。
私はニューヨーク・タイムズ紙をバロメーターとして毎日読んでいる。農家が鈴虫の声を聴き分けるように、あるいは昔ながらのヨーロッパの人類学者が遠い部族の行動を観察するように。ニューヨーク・タイムズ紙を読めば、リベラルなシオニストの風がどちらに吹いているのかを知ることができるのだ。
この残忍きわまる政治文化の中でわずかでも正気を保っている人たちには、同じようにニューヨーク・タイムズ紙を読むことを強く勧めたい。ニュースや分析を得るためにニューヨーク・タイムズ紙やそれと同類の新聞を読むのではなく、長いあいだ「世界秩序」として自らを売り込んできたリベラルな野蛮さの証拠資料として読むのである。
オランダのアムステルダムでイスラエルのフーリガンの一団が大量虐殺(ジェノサイド)を讃えて歌い踊り、さらにそれに立ち向かうかそこから避難しようとしたまともな人びとに喰ってかかったその余波の中で、ニューヨーク・タイムズ紙の編集者・記者・コラムニストらが「反ユダヤ主義」(1)について大げさに歌い踊ったことを考えてみよう。
2024年11月7日にアムステルダムで開催されたUEFA(欧州サッカー連盟)ヨーロッパリーグで、イスラエルのマッカビ・テルアビブ対オランダのアヤックス・アムステルダムの対戦の前後、過激なイスラエルの暴徒たちは、自国では常習的な残虐行為を輸出して、全世界が見ることのできるヨーロッパの大都市でそれを解き放った。
イスラエルのサッカー・チームがヨーロッパのサッカーの試合で何をするのだろうか? そう、つまり、ヨーロッパ人が入植した植民地[イスラエル]が、それを要塞国家[イスラエル]として作った当のヨーロッパ大陸以外のどこでサッカーをすればいいのだろうか?
その入植者植民地(セトラー・コロニー)[イスラエル]内での彼らの常習的な振る舞いに忠実に、このイスラエルのならず者小隊は、建物正面に掲げられていたパレスチナ国旗を引きちぎって燃やし、アラブ人の運転手が乗ったタクシーを襲撃して破壊し、その間ずっと、「IDF(イスラエル軍)を勝たせるぞ! アラブ人をやっつけろ!」、「くたばれパレスチナ!」、そして、「なぜガザには学校がないのか? それはガザにはもう子どもが残っていないからだ!」などとコールを繰り返していた。 これらのスローガンから 「アラブ人」と「パレスチナ人」という言葉をいまだけ試しに取り除いて、「ユダヤ人」と「イスラエル人」に置き換えてみてほしい。そうすれば何が起こるだろうか。
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アムステルダムでイスラエル人が暴行を受けたというニュースが伝わるとすぐに、ニューヨーク・タイムズ紙はそれを歪曲し、脱線させ、操作し、誤魔化し、「反ユダヤ主義」という言葉を記事の見出しに入れようと躍起になった。「アムステルダムでのイスラエル人サッカー・ファンへの攻撃について知っておくべきこと」と題された11月8日付の記事には、「オランダとイスラエルの当局者は、サッカーの試合後の衝突を反ユダヤ主義的だと述べた」との見出しが付けられている。
ニューヨーク・タイムズ紙には高給で雇われた2人の親イスラエル派の主筆コラムニストがおり、ブレット・スティーブンスはそのうちの1人であるが、彼は同日すぐに執筆するように呼び出され、そしてこう断じた。「ポグロムの時代が再来した」と(2)。
スティーブンスは、反ユダヤ的暴力を経験した祖父母の記憶を呼び起こすことから書き始めた(ところで、祖父母がいるのはシオニストだけだ。パレスチナ人たちは、シオニストに虐殺された祖父母を持つことさえできない。彼らは、テロリストとして生まれて殺されるだけだからだ)。
彼は続いて、オランダの役人がX[旧ツイッター]に書き込んだ言葉を引用した。「スクーターに乗った野蛮人どもが、イスラエル人とユダヤ人を狩るためにわれわれの首都を走り回っている」。まるで、イスラエル人のフーリガンがアムステルダムの路上でやっていたことは野蛮とはみなされず、フーリガンに抵抗した人びとのほうが野蛮人だったかのような書きぶりだ。