軍の威信をとりもどすための戦争
──昨年10年7日から1年が経ちました。パレスチナの犠牲者は4万2000人を超えましたが、惨劇はいまだ続いています。イスラエル軍はレバノンへの爆撃も本格化させ、イランとの間の紛争にまで拡大しかねません。国際社会が求める停戦とは程遠いありさまです。なぜ、イスラエルは戦争をやめようとしないのか。なぜ、対話や交渉に背を向けるのでしょうか。
ダニー・ネフセタイ(以下、ダニー) 一番単純な理由は、いま、イスラエル国内ではネタニヤフ首相の汚職をめぐる裁判が途中であるということです。この裁判は2021年4月に始まり、ネタニヤフは失職する可能性もありましたが、この戦争が起きたことによって、その動きはすべてストップしている。このことはあまり表立って語られませんが、戦争の背景にはこの動機があると思います。
そして、失われた軍への信頼をとりもどす、という理由もあります。昨年の10月7日という日は、イスラエル人全体が共有していた今までの安全神話が崩れた日です。イスラエル人はこの日までは、イスラエルの軍隊は何があっても自分たちを守ってくれる存在だと信じていました。私も子どものころはそう思っていましたが、少しずつ軍隊は国民を守りきれない、と思ってきました。イスラエルは徴兵制ですから、私も周囲の皆も軍隊にいたし、みんな必死に訓練もして、人によっては実戦も経験しています。テロも戦争もあるにはあるけれど、国内は安全、軍隊が守ってくれるから、という安心感がずっとあったのです。
でも、10月7日、1日で一般市民800人、軍人400人の1200人が殺された。私たちを守るはずの軍隊はどこに行ったの? これはすごくショックでした。日本人には想像できないぐらいのショックです。
だからこそ、イスラエルは何としても軍隊の信頼を回復することが必要になったんです。これが、イスラエルが戦争をやめない二つめの理由だと思います。7月にイランで起きたハマスの最高幹部イスマイル・ハニヤの暗殺も、9月のヒズボラの最高指導者ハサン・ナスララの暗殺も、レバノンでの無線機のいっせい爆発もそうです。失敗はあったけど、結局のところ、ほら見ろ、やっぱりイスラエルはジェームズ・ボンドの007レベルに強いんだ、と。
10月1日、イランが(ナスララの殺害などヒズボラへの軍事行動に対する報復として)イスラエルに向けて弾道ミサイル180発を発射しました。イスラエルは当初、被害はなかったと言っていたけれど、その後、人工衛星の映像が明らかになるにつれ、生命の被害こそなかったけれど、軍事施設などには被害があったと認めざるをえなかった。しかもイスラエル軍が一番守るべき空軍基地が相当な被害を受けていた。イスラエル軍はまた失敗したんです。「最強のイスラエル軍」をどうしても復活させなければならない理由が、こうしてまた増えました。
レバノンへの侵攻については、去年10月7日から、イスラエルはヒズボラからの攻撃を受けていました。イスラエルという国は本当に狭い国です。長い南北でも500キロしかありません。その国で、ガザ近辺に暮らしていたイスラエル人4万人とレバノン近辺にいたイスラエル人6万人が避難しています。イスラエル軍からすれば、レバノンから攻撃を受けたので、これからはヒズボラをやっつける、となる。そうして(ヒズボラを支援する)イランが関わってきた。イスラエルとしてはイスラエル軍の復活を国民に見せるチャンスです。軍の威信を見せつけるためにはどんな犠牲もいとわないという、これはもう論理の世界ではなくなったと私は見ています。
報復すれば当然、また報復がある。いま、イスラエルは二つのことを同時に進めています。イランへの復讐と、その復讐への復讐に備える準備。イランから報復攻撃されるとわかっているなら、報復なんてやめればいいじゃないか。そう思いますよね。でも、やめられない。自分たちの軍隊は強いんだと証明したいからです。
それに、イスラエル軍は20年間、ずっとイラン攻撃のために訓練をしてきました。空軍の予算の大部分はそのために使われてきた。これは軍隊の中でも批判があったんです。空軍に予算が流れれば陸海の分が削られるから。一般市民からも、軍隊はお金を使いすぎだという声があがっていました。今回、軍事費も訓練も無駄じゃなかったことを証明するチャンスが来た。準備のためにお金を使ってきたから、使わないといけない。日本の原発と似ています。
「国は守らないといけない」
──被害者はずっとイスラエルへの憎しみを持つことになります。国際社会の批判も高まっています。そのことについてイスラエル国内ではどう受け止められているのでしょうか。
ダニー イスラエルの人びとも、もちろん一般市民や子どもを殺したいとは思っていません。でも、国家を守るためには仕方がないと思っている。これはやはり、ホロコーストを引きずっているのですね。自分たちにはこの狭い国しかないのだから、国は守らないといけない。そうしなければまた第二のホロコーストが起きてしまうという教訓の中で、イスラエルの人々はずっと生きています。そうしないと、ユダヤ人はまた大変な思いをすることになる、と。私も、6歳からずっとそれを勉強してきました。
イスラエルでは毎年、ホロコースト・デーというものが、国際ホロコースト・デーとは別にあります。その日の前の1週間、学校ではホロコーストについて学びます。私たちは世界一の被害者だった、二度とそういうことを許さないように、二度と殺されないように、場合によっては相手を攻撃するしかないと勉強するんです。