ガザ・ジェノサイドの蓋然性
2023年10月7日、パレスチナのイスラーム抵抗運動(ハマース)がイスラエルを奇襲し、文民殺害と人質誘拐に及んでから2年間が経過した。その間、イスラエルは自衛の名の下にガザ地区を壊滅させ、無辜の文民に甚大な被害をもたらしてきた1。
1 本稿で紹介する国際法規範に関する解説は、根岸陽太「イスラエル・ハマス紛争(2023年10月7日~)国際法情報ページ」を参照。
その作戦は当初から、ジェノサイド条約で禁じられる様相を呈すると警告されている。ジェノサイドとは、同条約2条が定義するように、「国民的、民族的、人種的または宗教的な集団の全部または一部に対し、その集団自体を破壊する意図をもって行う」行為を指す。実際に、南アフリカがジェノサイド条約に基づきイスラエルを国際司法裁判所(ICJ)に訴え、裁判所が仮保全措置命令を3度(1月26日・3月28日・5月24日)にわたって下す事態となっている。
この未曾有の事態に対して、2025年9月16日、国連総会の下部組織である人権理事会のもとで設置された国際独立調査委員会が、「イスラエル当局によるジェノサイド行為の法的評価に関する報告書」(A/HRC/60/CRP.3)を公表した。
イスラエルがジェノサイド条約に定義される行為を実行していると認定した本報告書は、国連内での権威的な事実調査機関による判断として注目された。本稿では、委員会の権限と役割を確認したのち、本報告書の内容と分析を紹介し、それが他のアクターにもたらす影響を考察する。(以下、本報告書を引用する際は段落番号を付す。)
国際独立調査委員会の権限と役割
国際独立調査委員会は、2021年の特別会合決議により、東エルサレムを含むパレスチナ被占領領域およびイスラエルを対象とする機関として設置された。その任務は、前記の関連地域において2021年4月13日以前および以降に発生したとされる国際人道法・国際人権法違反を調査し、そこで行なわれた犯罪に該当しうる事実と状況を確定することである〔段落1、以下単に段落数のみを記す〕。
10月7日事件の発生後、同委員会は本稿で扱うガザ・ジェノサイド報告書のほかに、(ⅰ)2023年10月7日前後のイスラエル領域での攻撃、(ⅱ)2023年10月7日以後のイスラエルによるパレスチナ被占領領域での軍事作戦、(ⅲ)イスラエルによる飢餓の戦争手段化等の戦争犯罪、(ⅳ)イスラエルによる医療施設・医療要員への攻撃、(ⅴ)イスラエルによる性的暴力、生殖的暴力その他のジェンダーに基づく暴力の体系的利用、(ⅵ)イスラエルによる教育施設と宗教・文化遺産の破壊に関する報告書を公表している。
国際独立調査委員会は、事実調査と法的評価を行なう点で、司法判断を下す国際裁判所と類似する。しかし、国際裁判所が国際法を「裁判規範」と捉え、事後的な責任追及を主たる目的とするのに対して、国際独立調査委員会は国際法の「行為規範」としての機能を強調し、進行中の事態において当事者に義務を遵守させるために働きかける2。前者には終局的判断に値する高い立証基準が求められる一方で、後者は現在的状況に対応するために「蓋然性の均衡」(認定を反駁する証拠よりもそれを支持する証拠のほうが優勢かを判断する)が基準となる。以下のガザ・ジェノサイド報告書でも、「結論に至る合理的な根拠がある」という基準が採用されている〔7〕。
2 根岸陽太「国際法と学問の責任──破局を再び起こさないために」『世界』977号(2023年)











