最悪を更新しつづけるガザ――米有権者の選択

三牧聖子(同志社大学大学院准教授)
2024/12/05

裏切られた期待

 11月5日の大統領戦投開票日が迫る中、民主党候補のカマラ・ハリスの勢いには明らかにかげりがみえていた。大統領選は、全米での得票数を競い合うのではなく、全米50州と首都ワシントンに人口等に応じて割り当てられた合計538人の選挙人の獲得数を競い合う。とりわけ両党の支持率が拮抗し、大統領選ごとに結果が変わる7つの激戦州での勝敗が大統領戦の行方を左右する。10月下旬には、7つの激戦州の支持率でハリスは共和党候補ドナルド・トランプに対して保ってきたリードを失った。結局、大統領選の結果、すべての激戦州をトランプが制した。

 ハリスの失速の一つの背景になったのが、中東パレスチナ自治区ガザでつづいてきたイスラエルの軍事行動だ。とりわけ、中西部のミシガン州におけるハリスの敗北にはガザ情勢も小さくない影響を与えた。ミシガン州の特徴の一つは、アラブ系住民の多さだ。20万超いるアラブ系住民の多くは2020年大統領選ではバイデンに投票し、その勝利を支えたが、昨年10月7日にガザでイスラエルが軍事行動を始めて以降、バイデン支持は急落してきた。ガザでの破壊や殺戮がいかに悪化しても、イスラエルへの武器弾薬輸送をやめないバイデンへの幻滅と抗議だった。

 象徴的なできごとが2024年2月、民主党の大統領候補を決める予備選で起こった。ミシガン州ではアラブ系や若者が中心となって、バイデンにイスラエル政策の転換を迫るために、バイデンではなく、「支持者なし(uncommitted)」への投票を呼びかけるキャンペーンが大々的に展開された。バイデンは危なげなく勝利を納めたが、10万を超える「支持者なし」票が投じられた。

 しかし、こうした支持者からのイスラエル政策の転換を求める声を、バイデンのみならずハリスも無視しつづけた。8月、ハリスは大統領選からの撤退を表明したバイデンに代わり、正式に民主党の大統領候補に指名された。この時点で民主党支持者の77%がイスラエルへの武器弾薬輸送に反対していた(CBS Poll/YouGov(1))。ガザの壊滅的な人道状況に怒りを募らせる人々はハリスに対し、バイデン政権が拒否しつづけてきた対イスラエル武器弾薬輸送の停止に踏み出すことを期待したが、期待は早々に裏切られることになった。正式に民主党の候補となった数日後、ハリスはミシガン州デトロイトで選挙集会を開いたが、その際、聴衆の一部から「ジェノサイド(集団殺害)には投票しない」といった抗議の声が上がり、演説が何度も遮られた。最初は抗議に応じていたハリスは、最後は痺れを切らし、「トランプを勝たせたいのなら、(抗議を)つづけなさい。そうでなければ、私が話している最中です」と抗議者を制した(2)

 その後もハリスはガザをめぐって支持者を失望させつづけた。8月中旬、シカゴのユナイテッドセンターで開催された民主党の全国大会でハリスは大統領候補の指名受諾演説を行なった。演説でハリスは、イスラエルの自衛権を力強く擁護した上で、「ガザではあまりに多くのパレスチナ人が殺されている」として、人道危機を終わらせなければならない、パレスチナの自決権は尊重されねばならないと述べた。しかし、その主張は抽象論の域を出なかった。その後もハリスは、パレスチナ市民の犠牲の多さや、ガザでの人道危機をとめる必要性には言及しても、イスラエルへの武器弾薬送付の停止や条件付けなど、実質的な政策転換の可能性は否定しつづけた。こうしたハリスの煮えきらない態度は、大統領選の勝利のために、ユダヤ系からの支持と、アラブ系からの支持、どちらも揺るがせにできない民主党大統領候補としての難しい事情を映し出すものだったが、それだけではなかった。ハリスは、カリフォルニア州の地方検事時代からユダヤ系コミュニティと親しい関係を築き、上院議員時代も一貫して親イスラエルの投票行動をとってきた。ハリス自身のイスラエルへの思い入れも、イスラエル政策の転換を難しくしてきた(3)

トランプを「平和の候補」に見せたハリスの失策

 10月初頭、ガザで医療支援に携わってきたアメリカの医療従事者約100人が、恒久的な停戦が実現されるまで、イスラエルへの武器供与を停止するようバイデン政権に書簡で要求した(4)。書簡はこう述べていた。

 ガザ保健省は、この時点で4万2000人以上のパレスチナ人が死亡したと発表していたが、署名した医療従事者らは、実際の死者数は全人口の約5.4%にあたる約11万9000人とみられるとの考えも示していた。

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三牧聖子

(みまき・せいこ)1981年生まれ。同志社大学大学院准教授。東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科博士課程修了。米ハーバード大学日米関係プログラム・アカデミックアソシエイト、高崎経済大学准教授などを経て現職。専門はアメリカ政治外交史、平和研究。著書に『戦争違法化運動の時代』(名古屋大学出版会)、『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書)、『自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード』(集英社新書)など。

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