【新連載】ユース・ポリティクス(第1回)はじまり――「動けば変わるから」

能條桃子(一般社団法人NewScene代表理事)
2026/03/05
デンマーク留学中にインタビューした政党青年部のメンバーたちと(右端が筆者)

はじまり

 「政権交代が起きた! よし、これでようやく、私たちが七年かけてつくってきた若者のメンタルヘルスのための公費負担政策が国の制度になる! そして……左派政権になった時こそ頑張り時。やりたいことがたくさんある」

 二〇一九年、デンマークでは政権交代が起き、社会民主党のメッテ・フレデリクセン首相が四一歳で首相となった。

 当時、私はデンマークに留学しており、冒頭の発言は、その留学中に出会ったデンマーク人の二八歳の友人の発言である。彼女は左派政党の一つであるSF(社会主義人民党)のユース政党、SFUのメンバーであり、SFUではこの政権交代以前に七年間をかけて、メンタルクリニックの受診のハードルを下げるために二五歳未満の若者の受診料を公費負担とするようにロビー活動を行なっていた。自治体で実践例をつくり、重症化して精神科にかかる以前にメンタルクリニックを利用できるようにしたほうが医療費が下がることを実証的に示し、親政党の国政選挙の公約に入れるところまでやっていたのだ。

 大学生の私は、二〇歳のころから仲間たちと具体的で重要な政策をつくり、実際に自治体から実現を開始し、データを集め、国の制度となるように公約に入れる働きかけをし、そしてその政党が選挙で議席を増やせるように汗をかいている同年代の姿に「イケてる」と大きな刺激を得た。

 彼女は「二〇代のほとんどをこういうことに使っている」と笑いながら話していたのだが、私が「なんでそんなに頑張るの?」と聞いた時、「だって動けば変わるから」と答えてくれたことがあった。自分が動いたら政治が変わる、そんな気持ちになったことがなかった私は、心底羨ましくなった。同時に、そういう感覚になれているからこそ、デンマークでは若者の投票率が八割近くあるんだろう、とも。

NO YOUTH NO JAPAN

 デンマークでの滞在を通じて、政治家は国民の鏡であり、政治家は私たちが育てるものという感覚に感化された私は、留学先のデンマークから遠隔で、二〇一九年七月、日本で参議院議員選挙があったことに合わせて、友人たちに投票を呼びかけるために分かりやすい選挙情報を発信するインスタグラムアカウント「NO YOUTH NO JAPAN(@noyouth_nojapan)」を友人たちと立ち上げた。

 同年代の投票に行っていない友人たちに話を聞くと、選挙は「きちんと投票するべきもの」だと考えており、だからこそ「調べていない状態で行けない」と思ってしまう。結果、「めんどくさくて行けない」という選択になる、という話を聞いたことが多々あったからである。デンマークで多く存在した分かりやすいインフォグラフィックスを利用した選挙での各党政党比較や投票の仕方などに関する案内からアイデアを得た。

 当時、日本語圏での政治や社会問題についてインフォグラフィクスを活用した画像投稿は初めてで、そのインスタグラムアカウントは二週間の短い期間でフォロワーが一・五万人に達した。

 「初めて投票に行ったよ」「投票に行ったことのない兄弟を連れて投票に行ってくるね」「普段は政治の話はしないけど今回はInstagramで投票を呼びかけてみる」という友人やフォロワーからの反応に勇気づけられ、この活動を継続する必要があると思い、団体にして継続していくことを決めた。二〇二〇年には一般社団法人化し、「参加型デモクラシーをカルチャーに」と掲げ、若者が声を届け、その声が響く社会を目指し、若者の政治参加を促進する活動に邁進してきた。

 まさか七年も続けるとは結成当初は考えていなかったのだが、活動すればするほどやりたいことが生まれ、当初はSNSメディア運営(現在フォロワー一一万人)から始まった活動であったが、現在はそれに加え、被選挙権年齢の引き下げを求めるアドボカシー活動、YOUTH THINKTANKという若者を取り巻く問題や意識調査などを行なう調査活動なども主軸となり、若者の政治参加について取り組みたい大学生や会社員といったU30(一〇代・二〇代)のボランティアを中心に活動を行なってきた。

 そして団体設立から七年を迎え、団体設立時二一歳だった私は二八歳になり、団体の代表を次の世代にバトンタッチすることを決めた。

 二〇代が永遠に続くような気がしていたからこそ、何も恐れずに、団体設立時に「NO YOUTH NO JAPAN」(若者なくしてこれからの日本はない)とつけ、「U30のための選挙の教科書メディア」と掲げたが、時間は経つ。

 活動の当初から大事にしてきたことは、U30のU30によるU30のための活動を行なうということであった。「若者」については、メディアでも政治の場でも、話題としてはたびたび登場する一方で、その取り上げ方の角度などは若者ではない人たちの目線によるものが多い。若者団体の活動の意義は、若者自身の目線で、いま必要だと考えることに取り組むことである。二年前から共同代表制となり、ありがたいことに、彼女たち自身の目線でいま必要なことをつくりたいと考える後輩たちが頼もしく育っている。

 二〇代の残りの二年間は理事としてサポートにまわりながら、若者の影響力が発揮される社会に向けて何をするべきなのか、考えるつもりである。そして今回、一歩引いた目線で若者と政治というテーマで提案したいと考えていた時、一年間の連載の機会を頂いた。

ユース・ポリティクスを確立する

 本連載のテーマは、「ユース・ポリティクス」の確立、としたい。ここでいうユース・ポリティクスとは、単に若者の投票率を上げることではない。振り返れば、二〇一九年から二〇二六年までの七年間は、私自身にとって、「若者」という当事者性を引き受け、民主主義を日本社会で実践する実験でもあった。その中でずっと感じてきたことは、若者が「いまこの瞬間の主体」として見られることの難しさであり、「対象」や「将来の担い手」としてのみ見られることへの違和感であった。

 冒頭に紹介したデンマーク人の友人たちはまさに「ユース・ポリティクス」の実践者であった。そして、きっと私がこの七年間、日本でやってきたことも。まだ分野として確立していないこの概念を仮に定義するなら以下の三つの条件があると考えている。

 第一に、若者が主体として存在し、実際に影響力を発揮できること。単なる〝声を届ける〟にとどまらず、実際に決定に関与して結果を動かす力(agency)を持てているかが鍵となる。

 第二に、若者の生活の質の向上や人生の問題が、中心的な議題として扱われること。国の未来のためではなく、「いまを生きる私たち」のための議論であるということが重要である。

 第三に、代表性が担保され、多くの若者が「自分たちの声が聞かれている」と感じられること。数人の若者を呼んできて話を聞いても「若者参画」にはならない。多様なバックグラウンドの若者が排除されずに関わることができているか、つまり包摂性も重要であり、同時に、声を上げづらい若者の代弁ではなく、構造的にその人たち自身が声を上げられる仕組みづくりを行なうことが必要である。

 変わらなすぎる日本の政治——。その要因の一つに、私はユース・ポリティクスの不在を見てきた。

 二〇一六年、日本では一八歳・一九歳に選挙権が与えられた。あれから一〇年、若者は選挙における「ターゲット」や「お客さん」にはなった。しかし、「主体」として関わる余地はどれほど確保されているだろうか? 制度的にも文化的にも「若者は未熟である」という前提の中で、「自分たちが社会を変えられる」という感覚は乏しい。北欧で見た民主主義の実践——若者の、若者による、若者のための民主主義。そのギャップを直視しながら、本連載では、日本で民主主義の担い手を育てるために何が必要なのかを、具体的に論じていきたい。

 「若者」とは、生きてきた年数が短い分、社会資源に乏しい一方で、しがらみや経験による偏見が少なく、社会に新しい風を吹き込むことができる存在。投票できる人たちの中で、これからの社会を一番長く生きるであろう有権者のグループでもある。また同時に、「若者」とは社会の映し鏡でもあり、これまでの社会がどのような人たちを育ててきたのかが反映される、子どもから一番最近に大人になった人たちとも言える。

 若者を取り巻く環境、そして若者の主体性がどう発揮される社会をつくるのか。それを考えることが、この社会を照射し、民主主義が根付く社会の一歩になると期待している。

能條桃子

「N O YOUTH N O JAPAN」代表理事。「FIFTYS PROJECT」代表。1998年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。慶應義塾大学院経済学研究科修士。20代の投票率が80%を超えるデンマークに2019年に留学したことをきっかけに、日本のU30世代の政治参加を促進する「N O YOUTH N O JAPAN」を設立し、代表理事を務める。20年に一般社団法人化。Instagramなどを利用したSNSメディアの運営や選挙の投票率向上に取り組む。

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