【連載】TECH JUSTICE――公共性と倫理ある人々の技術へ(7)フィアレスシティのデジタル政策

内田聖子(ジャーナリスト。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表)
2025/12/05

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 この暗黒政治の時代に、ニューヨークは光となるでしょう。私たちは、愛する人々のために立ち上がることを信じています。あなたが移民であろうと、トランスジェンダーコミュニティの一員であろうと、ドナルド・トランプによって連邦政府の職を解雇された多くの黒人女性の1人であろうと、食料品の値下げを待ちつづけるシングルマザーであろうと、あるいは窮地に立たされている誰であろうと。あなたの闘いは私たちの闘いでもあります。(1)

ゾーラン・マムダニ

1 ゾーラン・マムダニ氏勝利演説全文(2025年11月5日) 

 2025年11月5日、ニューヨーク市長に当選したゾーラン・マムダニは、勝利演説でこう語った。826万人の市民の多くが、家賃や物価の高騰、トランプ政権下でいっそう強まる移民排除と差別に直面している。これに対しマムダニは、「専制政治から希望の政治へ」というビジョンを掲げ、勝利を手にした。

 マムダニの勝利は世界中に大きな衝撃を与えた。日本においても、閉塞し劣化しつづける政治状況の中での彼の勝利は、興奮と共感をもって受け止められている。国家や大企業には抗しようもないほど巨大な権力があるが、それでも地方自治体・都市には足もとから民主主義を修復する真のパワーがある。その希望は世界に連鎖し、多くの人がエンパワーされた。私もその1人だ。

 マムダニの主要政策は「家賃を凍結」「公共バスを無料に」「富裕層に課税を」などわかりやすくメッセージ性の強いものだが、「プラットフォーム」と呼ばれる公約集には、さまざまな政策が詳細かつ体系的に提示されている。例えば、犯罪や暴力を防止するために「コミュニティ安全局」を設立し、100の地下鉄駅に専任の支援スタッフを派遣すること、空き店舗で医療サービスを提供することなどだ。労働・経済分野では2030年までに市の賃金水準を時給30ドルまで引き上げることや中小企業支援のための予算を500%増やすとした。気候危機対策にも重点が置かれている。「より健康的なニューヨーク市のためのグリーンスクール」計画では、500の公立学校に再生可能エネルギーインフラなどを改修し、アスファルトの校庭500カ所を緑地に改装、1万5000の組合員の雇用を創出する。さらに「LGBTQIA+の人々の聖域(サンクチュアリ)」を目指し、ジェンダー肯定ケアの拡大と保護を進め、LGBTQIA+の課題に対応する事務所を設立すると公約している。どの政策も、すべての市民を政治的・経済的苦境から守り、国家や大企業に対峙する「恐れない都市(フィアレスシティ)」であろうとする矜持に満ちている。

 私自身は、今回の市長選を自治体におけるデジタル政策というレンズで見つめてきた。マムダニが果敢に挑む貧困・格差と差別、国民の分断と民主主義の危機、さらに移民排除や国家による監視などの課題には、デジタル技術が明らかに負の役割を果たしている。加えて、トランプによる寡頭政治とそれに荷担するビッグテックの権力者たちは、まさにマムダニにとって最大の敵であり、少数の富裕層と圧倒的多数の人々の不均衡を象徴するものだからだ。

マムダニを支援したテック・ワーカーたち

 選挙中、トランプ大統領はマムダニへの敵意を剥き出しにし、イーロン・マスクは対立候補のアンドリュー・クオモへの投票を呼びかけるなど、対立姿勢は際立っていた。マムダニも当初から大企業や富裕層への課税強化を掲げ、反トランプ色を鮮明にしていた。ニューヨーク市はアマゾンやグーグル、メタ、マイクロソフトなどビッグテックの重要拠点であり、その経営陣にとってマムダニは招かれざる首長でしかない。かつてサンフランシスコ市では「リベラルな」政策によって治安が悪化したため別の都市へと拠点を移すテック企業が続いた。その因果関係は確かでないが、今回ニューヨーク市でも同様のことが起こりかねないとの懸念が経営者側には根強い。

 だがテックワーカーたちの意識と行動はそれとは真逆の方向へと進んだ。ニューヨーク市の選挙資金規制では、100ドルを超える寄付者は雇用主を明らかにすることが義務付けられているのだが、ワシントン・ポスト紙によると2025年7月時点でグーグルの一般従業員からマムダニへなされた寄付の合計額は約4万500ドルで、他の企業や団体よりも多かった。メタの従業員からの寄付は合計約1万500ドル、アマゾン従業員は約9000ドルだった。この他にも、ブルームバーグ(8816ドル)、スポティファイ(7415ドル)など市内の主要テクノロジー・メディア企業の従業員たちからも多くの寄付が寄せられた。最終的にマムダニが集めた個人寄付は399万3501ドル(約6億2150万円)となったが、5万4178人の寄付者のうち97・5%が少額の寄付者だ(市選挙資金委員会データより)。億万長者が次々とクオモに高額寄付をするのと対照的に、まさにテックワーカーを中心に草の根の市民が支えた選挙戦だったといえよう。

 市内のテクノロジー企業や研究者、技術者が加盟する業界団体「Tech:NYC」は、グーグルやメタなど大企業が創設者に加わるが、市内での起業支援や気候危機、公共交通の課題にも取り組む。CEOのジュリー・サミュエルズは、市長選挙後にTV番組「Bloomberg Tech」のインタビューにて次のように語った。

内田聖子

(うちだ・しょうこ)ジャーナリスト。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表。自由貿易協定やデジタル政策のウォッチ、政府や国際機関への提言活動などを行なう。著書に『デジタル・デモクラシー ビッグ・テックを包囲するグローバル市民』(地平社)など。

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