国民保護
安保法制の成立から10年、日本の平和主義は大きく変質した。その具体的な様相を、地域から見てみる。
2015年の安保法制に先立ち、2003年に事態対処法などの有事3法が成立、翌年、国民保護法をはじめとする有事7法が成立した。2005年に「国民の保護に関する基本指針」が閣議決定され、想定される武力攻撃の類型を「着上陸侵攻」「ゲリラや特殊部隊による攻撃」「弾道ミサイル攻撃」「航空攻撃」の4つに分類し、それぞれに避難、救援、武力攻撃災害への対処などの措置が定められた。
「弾道ミサイルを想定した住民避難訓練」は、安保法制成立後の2017年3月12日、秋田県男鹿市で初めて実施された。同年12月、「国民の保護に関する基本指針」が変更され、平素からJアラートによる情報の伝達と弾道ミサイル落下時の行動の周知に努めることが明記された。その後、北朝鮮をめぐっては南北首脳会談など外交関係に進展があったことから、2018年6月以降、地方単独の訓練を除き実施が一時見合わされたが、北朝鮮から弾道ミサイル等が高い頻度で発射されたことから2022年9月から住民避難訓練が再開された。弾道ミサイルの飛来を想定した住民避難訓練は、2023年度末現在、47都道府県、273市区町村で658件の訓練が実施された*1。
「国民保護訓練」は長らくの間、大規模テロ対策を中心として実施されてきたが、2021年度に訓練内容の見直しが行なわれ、武力攻撃を想定した訓練が実施されることとなった。2022年度に実施された大阪府・京都府・兵庫県にまたがる訓練のシナリオは以下の通りである。
某国と日本との間で関係が悪化、武力攻撃の可能性の示唆等もあり、政府が「武力攻撃予測事態」と認定、関係機関による検討の結果、大阪府の一部地域が某国の攻撃目標になりうると判断し、同地域の住民を京都府・兵庫県に避難させることとし、午前には図上訓練が、午後には図上訓練と実動訓練が連携し、要配慮者の誘導に重点を置いた実動訓練が府県をまたいで行なわれた。この訓練には政府や自治体のほか、警察、消防、鉄道会社、日本赤十字社大阪支部などの44機関、約280人が参加した。
先島諸島の住民らの「疎開」
日本の安全保障政策は、長らくの間、北朝鮮による弾道ミサイルを「脅威」としてきた。しかし、2010年の中国漁船による海上保安庁巡視船への衝突事件、2012年の尖閣諸島国有化により、次第に中国との外交関係が悪化した。中国で習近平国家主席が就任し、経済発展とともに軍事力が増強され、南シナ海における「九段線」の主張に見られるように、力による一方的な現状変更の動きが見られるようになり、米国との緊張関係が強まった。
日本では2014年7月に第2次安倍政権が憲法解釈を閣議決定によって変更し、存立危機事態における集団的自衛権の行使を容認、これを実行に移すための「平和安全法制」(安保法制)が2015年9月に強行可決された。
2022年12月、岸田内閣は「安保3文書」を閣議決定、敵基地攻撃能力を「反撃能力」と言い換えたうえで、中国を射程に収めるスタンド・オフ・ミサイルの保有を決定した。今年度予算では一層の軍事費増額が進められた。
このように、日本は今や、「国民保護」の名のもと、戦争を想定して市民に避難訓練を行なわせる、「新しい戦前」とも呼ぶべき状態にある。実際、国家安全保障戦略には「武力攻撃より十分に先立って、南西地域を含む住民の迅速な避難を実現すべく、円滑な避難に関する計画の速やかな策定、官民の輸送手段の確保、空港・港湾等の公共インフラの整備と利用調整、様々な種類の避難施設の確保、国際機関との連携等を行う」と記された。