貧困になるのは、努力が足りず怠惰だから。かれらは社会的扶助でさらに道徳的退廃に陥る、と主張する人もいる。
本書は、フランス・パリ、ブラジル・サンパウロ、インド・デリーの富裕層居住地区に住む人たちを対象に、インタビューによる質的調査を行ない、「暮らしに余裕のある人」が貧困層をどのようにまなざしているのかを明らかにしたものだ。富裕層のナラティブに潜る差別感情を引き出した点で、非常に意義深い。
富裕層には道徳的秩序があると考え、貧困層に対して身体的嫌悪、醜悪のイメージを持つことが、公衆衛生の発展と「文明化」の歴史から正当化される点が、文化的、歴史的に差異のある三都市で共通している。この社会に統合できない貧困層は、どこまでも異質な存在として区別される。
人は誰しも「最低限」の教育と常識を持っているべきだし、そうした知識を得る機会があってしかるべきだと無批判に考えがちだ。その「最低限」とはいったいどこからやってくるのだろうか。私たち一人ひとりの生まれや育ちによって、その「最低限」は微妙に、ときにドラスティックに変わる。そこに在留外国人などの属性が混在すると、「私はレイシストではないが」というナラティブのなかで、さらなる〈嫌悪〉に向かうことも、この本に記されている。それは、貧困を社会犠牲的に捉えるリベラルな市民であっても例外ではない。ヘイトとバックラッシュの吹き荒れる日本社会にも反省を促す一冊だ。(翼)
〈今回紹介した本〉
『貧困へのまなざし——富裕層は貧困層をどのように見ているのか』
編:セルジュ・ポーガムほか、訳:川野英二・中條健志、2024年12月、新泉社
定価3850円(税込)