辺野古での海難事故と平和教育
2026年3月16日、同志社国際高校の修学旅行に参加していた生徒らを乗せた2隻の船が沖縄県名護市辺野古沖で転覆し、生徒を含む男女2人が死亡するという痛ましい事故が起きた。修学旅行で生徒が事故によって大切な命を失うなどということはあってはならないことだ。学校外での活動について、学校が安全管理を重視しなければいけないのは当然のことであり、事故の原因究明は徹底して行なわれなければならない。
しかし、この事故を機に、平和教育にかかわって不安な出来事が起きている。沖縄県教育委員会がこの事故を受けて県内の全公立の小中高、特別支援学校全484校を対象に、辺野古の新基地建設現場や周辺海域の見学を実施したことがあるかを尋ねるアンケートを行ない、全校が回答していたことが判明した。県議会で、県内の学校の辺野古周辺における課外活動の有無について質問があったことを受けてだという。
質問は①「2024、25年度に辺野古新基地建設現場や周辺海域を見学したことがあるか」、②「現場や周辺海域を海上から見学したことがあるか」の2問で、「はい」「いいえ」の二択形式。①の質問には1校が「はい」と回答し、2025年度に県が名護市の瀬嵩の浜などで行なった「戦後80周年平和祈念事業」に参加したと説明している。②の質問に「はい」と回答した学校はなかった。
文科省も4月に全国の教育委員会に対し、校外活動での安全確保の徹底を求める通知を出し、5月22日には同志社国際高校の辺野古をめぐる学習に対して政治的中立性を定めた「教育基本法違反」と発表した。
文科省は何を根拠として「政治的中立性を定めた『教育基本法違反』」としたのか。生徒を乗せる船が辺野古新基地建設反対の活動をする抗議船であるという認識を教員の相当数が持っていた中で、抗議船による見学プログラムを組んだことだという。
果たして、これだけをもって、「政治的中立性」に反していると言えるのだろうか。同志社国際高校の平和教育の全貌が見えていない今の段階で、安易に断定することは避けたい。ただ、言えることは「政治的中立性」や「教育基本法違反」という言葉だけが独り歩きして、それぞれの学校で積み上げられてきた平和教育が委縮させられるのではないかという強い懸念をぬぐい切れないということだ。
2025年5月3日、那覇市内で自民党の西田昌司参院議員が講演し、過去に見学した糸満市のひめゆり平和祈念資料館の展示内容について、「ひどい。歴史の書き換えだ」と述べ、戦後の教育は間違っており「でたらめだ」と主張したことを覚えているだろうか。西田議員は発言への批判を受け、ひめゆり平和祈念資料館に関する発言は撤回・謝罪したものの、「沖縄の地上戦の解釈はかなりむちゃくちゃな教育」などとした発言は今も撤回していない。
沖縄戦の真実を捻じ曲げるような発言は、過去にもあった。沖縄戦の強制集団死を「国のために殉じた美しい死」という殉国美談に作り替え、沖縄戦の教科書記述を書き換えさせようとすることも起きた。沖縄戦の歴史や基地によって犠牲にさせられてきた沖縄の姿を伝えようとする取り組みに対し、政府や与党、右派からは「偏向だ」という指摘が常になされてきたのが事実だ。今後も、文科省の発表により、そういった攻撃が強まることが予想される。
学校でしか学べないものがある。その一つが平和教育だ。平和な社会を形成する主権者として育つために、教える側の一方的な意見の押し付けではなく、さまざまな思いを持つ人々の声を聞く機会を保障し、そこから自分なりの考えを形づくれるような平和教育が必要だ。今、求められている平和教育とは何か、共に考えてみたい。








