事件現場はその後「義光教会」となった。(撮影:栖来ひかり)

【連載】台湾・麗しの島だより——移行期正義の練習帳(第22回)「林宅血案」の映画化が巻き起こしたこと

栖来ひかり(文筆家)
2026/03/24

これまでの記事はこちら(連載:台湾・麗しの島〈ふぉるもさ〉だより)

 近年、台湾では歴史事件を題材にした映画やドラマが増え、「移行期正義」と連動する文化潮流として本連載でも紹介してきた。ところが最近、この流れへのバックラッシュとも言える作品のクランクアップが報じられ、台湾社会は騒然となった。題材は、この連載でも触れたことのある「林宅血案(リンザイシュエアン)」(林一家殺害事件)である。1980年2月28日、民主運動家で政治家の林義雄(リン・イーション)が、美麗島事件(1)で逮捕・拘留されている最中に、台北の自宅で母親と双子の娘2人が殺害され長女が重傷を負い、事件は今も未解決のままだ。とはいえ、事件が起きたのは戒厳令下の台湾である。政治犯の自宅として当局の監視下にあった場所で白昼堂々と殺人が行なわれたことは、当時の最高指導者だった蔣経国の指示でなくとも、情報機関や治安機構が関係していたのは明らかというのが現在の定説となっている。

(1) 台湾高雄市で起きた民主化を求める反体制運動(党外運動)を国民党の治安部隊が鎮圧した大規模な警民衝突事件で、その後の民主化運動を加速させる転換点となった。

 問題の映画のタイトルは『世紀血案(スーチーシュエアン)』(世紀の殺人事件)というが、今回の騒動の焦点は大きく二つある。

 第一に、事件の当事者や遺族が映画化自体を知らされておらず、同意も得られていない点だ。これは当事者の尊厳や心身の回復を再び傷つける二次加害に当たる。第二に、監督の徐琨華(シュークンホワ)の祖父が事件当時、警備總司令部(白色テロの中核を担った軍事・秘密警察組織)の報道官であったことが判明した点である。警備總司令部の関与が疑われてきた事件を、その血縁者が「娯楽作品」として提示するのは創作倫理上の問題があるのではと、議論は一気に燃え広がった。

 そんな中、出演俳優らは相次いでSNSで謝罪を公表した。俳優側は契約時、製作側に「必要な合意はすべて取れている」と確認したうえで出演を決めたという。つまり、遺族の同意がないことを知らないまま参加し、製作発表後に事の重大さを初めて理解したのだ。加えて、製作発表の場にプロデューサーや監督が姿を見せなかったため、社会の怒りは矢面に立つ俳優たちへ集中した。俳優は結果として「二次加害」に加担した一方で、製作側に欺かれた「被害者」ともなった。ただし、事件への知識や関心がより深ければ、出演判断の段階で危険信号に気づき、キャリアに大きなダメージを負う事態を避けられた可能性もある。今回の出来事が浮かび上がらせたのは、事件を「知っているつもり」でも理解の曖昧な人、それどころか、そもそも知らなかったという人も少なくなく、それが二次加害や誤解を生む土壌になったという現実である。では、46年前のあの悲劇はどのような事件だったのか。誰が手を下し、なぜ今も真相が明らかにならないのか?

未解決事件――当日のこと

栖来ひかり

(すみき・ひかり)文筆家。1967年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路』(図書出版ヘウレーカ)、『日台万華鏡』(書肆侃侃房)など。

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