【連載】台湾・麗しの島だより——移行期正義の練習帳(第18回)台湾人「慰安婦」の記録、アマーの中の日本

栖来ひかり(文筆家)
2025/11/06
「慰安婦」人権博物館AMA MUSE UMのかつての入場チケット

これまでの記事はこちら(連載:台湾・麗しの島〈ふぉるもさ〉だより)

慰安婦像へのある侮辱行為

 数年前、日本の右派系市民団体の人物が台湾・台南市を訪れた際、国民党本部ビル前に当時設置されていた台湾籍「慰安婦」像に対し、蹴る真似をした。この様子は監視カメラに記録され、すぐに拡散されて台湾中で大騒ぎとなった。台湾では、日本に関するネガティブな出来事が与党・民進党への攻撃材料になることはよくあり、この件も激しい抗議と政権叩きにつながった。

 いま改めてこの件を振り返ると、見えてくることがある。まず、像への侮辱行為をしたこの人物は、台湾の社会や政治について表層的で粗い理解しかなかったのだろう。おそらく彼が持っていた台湾像とは、「戦前から台湾に住んでいた〝本省人〟は独立志向で親日」「戦後に中国大陸から来た〝外省人〟は統一を望み反日」といった、雑な二項対立で語られるものだろう。しかし、実のところ台湾社会は様々な要素が絡み合う複雑な社会であり、そんな単純に語ることはできない。にもかかわらず、日本国内では一面的で単純化された「台湾は親日」というイメージが根強く、小林よしのり『台湾論』の影響の凄まじさを感じる。

作られた「単純な台湾像」とその副作用

 だが実は、この「単純な台湾像」が生まれた背景には『台湾論』に自ら登場した元総統の李登輝も関係していた。李登輝は、台湾の安全保障のため、戦略的に日本の保守系・右派勢力と関係を築こうとした。九州大学の前原志保はこれについて、李登輝が「日本国内の左右のイデオロギー問題をひとまず脇におき、日本の台湾統治を肯定的に〝評価〟した。このことは、日本国内の台湾独立派と日本の保守右派勢力の結託を強固にした」と指摘する(1)。それを踏まえれば、件の「蹴り」事件はそうした戦略的外交の〝副作用〟として生じた出来事ともいえる。つまり、日本の右派思想に共鳴した人物が台湾にやってきて〝勘違い〟したまま行動し、結果として現地で深い怒りを招いたのだ。台湾では民進党支持者を含め、多くの人々がこの行為に憤った。政治問題化を恐れて公には大きく批判せずとも、心の中では「日本人、やっぱりか」と軽蔑の念を抱いた人も少なくなかったと思う。台湾に住むわたし自身、「日本人」であることをあれほど恥ずかしく思う出来事もなかなかない。そして改めて痛感するのは、「慰安婦」問題は、日本と台湾の間に今なお横たわる「課題」だと台湾ではっきり認識されている事実だ。

台湾人「慰安婦」と「婦援会」

栖来ひかり

(すみき・ひかり)文筆家。1967年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路』(図書出版ヘウレーカ)、『日台万華鏡』(書肆侃侃房)など。

2025年11月号(最新号)

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