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3・11直後から動き始めた電通
3・11から一カ月も経っていない二〇一一年四月八日、日本最大の広告代理店である電通は、原子力安全・保安院(現・原子力規制庁)と広報事業の契約を結んだ。東京電力福島第一原発事故の「不安感の払拭」や「風評被害の防止」を目的にラジオ番組を制作し、福島県内の地元ラジオ局(ラジオ福島、FMふくしま)で放送するというものだ。
その事業名は「緊急時等原子力安全情報提供事業」、番組名は「守ります! 福島 政府原子力被災者生活支援チームQ&A」という。リスナー(福島県民)の不安や疑問などを募集し、それに対して原子力安全・保安院の広報担当者や学識経験者らが回答、放射線に関する「正確な情報」を県民に提供し、「正しい理解」を促すという番組だった。
放送開始は、契約日のわずか三日後の四月一一日。原発事故の発生からちょうど一カ月だ。一〇分番組で、九月末まで毎日、一〇月から年度末まで週二回放送され、合計二二六回だった。
第一回放送は、初回のためにリスナーからの質問が届いていないので、アナウンサーが番組で用意した質問をする形式をとった。原子力安全・保安院の担当官が回答した。
Q 放射線は人にどのような影響があるのか、年間一〇〇ミリシーベルトという放射線量では?
A 一〇〇ミリシーベルト未満では、放射線ががんを引き起こすという科学的な証拠はありません。原子力発電所周辺の避難地域以外では、普通に生活している限り一〇〇ミリシーベルトを超えることはないと考えられ、普段通りの生活をしていただいて何ら問題ありません。
原発事故によって原子力緊急事態宣言が発される前は、一般の人に年間一ミリシーベルト以上の被曝をさせてはいけない、と法令に定められていた。チョルノービリ原発事故のときは、年間五ミリシーベルト以上は強制移住区域に指定された。この番組がそうした事実に触れることはない。
この主張は、現在、福島で子ども甲状腺がんが多発していても、被曝線量は年間一〇〇ミリシーベルト未満だから因果関係は認められないとする国や東電の主張につながっている。
このラジオ広報事業は、単独の随意契約だった。緊急を要する事業だったので「競争に付することができなかった」という理由だった。では、なぜ電通だったのか。発議書に補足理由が付記されている。それによれば、三月二九日に組織された原子力被災者生活支援チームに対して、総理大臣から、福島現地のニーズに応えるためにラジオによる情報発信を至急行なうよう指示があった。電通ならば「福島県内のラジオ局の番組構成に対する調整能力が高く、緊急時における視聴率の高い放送時間帯の枠取りが可能である」、ということだった。
このラジオ広報が、原発事故後に電通が国の府省庁などから委託を受けた、初めての事業だった。
事業費総額二四〇億円
原発事故や復興にかかわる電通への委託事業について国の府省庁や福島県などに対し、筆者が情報開示請求を始めたのは二〇一八年の秋だった。それらが開示された結果、二〇一一年度から二〇一八年度までに電通に委託された事業は約一二〇件、事業費の総額は二四〇億円に達することが明らかになった(1)。
(1)ここで「電通」と表記しているのは、もともとは国内外に約一六〇社の子会社を持ち、広告代理店の事業を展開していた株式会社電通(一九〇一年創設)とその子会社を示す。福島県はすべて電通東日本に委託しているが、こちらは電通が株式100%を保有する完全子会社だった。電通も電通東日本も、二〇二〇年には電通を中核とする純粋持株会社「電通グループ」に移行した。
原発事故の甚大さの裏返しとして、公権力が電通の力に頼り、多くの広報事業を委託した。そのため、情報公開制度を使うことで、その実態を知ることが可能になった。黒塗りで邪魔はしているが、全容は垣間見える。
開示された文書には、電通による広報事業=世論対策だけでなく、公権力と電通とがマスメディア(報道機関)を取り込んでいく過程が如実に示されていた。しかも、それは原発事故の直後から、あたかも「火はボヤのうちに消せ」とでもいうように、早々と手が打たれていったのだ。
福島県の二〇一二年度の「マスメディアを活用した県産農林水産PR事業」の中で、それはまず始まった。
メディア発信研究会
「原発事故による農産物の風評被害を改善するために、福島県農林水産部・メディア・電通グループが協力して、よりよい広報活動を考え、実践していくために、この会を設立した」
「ネガティブな情報を発信するSNS上のインフルエンサーを注視し、対応策をすぐ取れるようにする」
「マスメディアの広告に加え、メディアの報道などの協力がなければ風評被害という化け物は退治できない」





