孤立させてはいけない――TBS「報道特集」で起きていること

村瀬健介(TBS「報道特集」キャスター)
2025/06/06
「報道特集」が最初に兵庫県知事問題を報じた2024年8月31日の放送のキャプチャ(YouTubeより)

放送の使命と現実

 あらためて「放送法」を読み直している。大切な理念が冷笑され、底が抜けたような世の中にあって、原点に立ち戻りたくなった。

 放送法の第一条は「この法律は、次に掲げる原則に従って、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする」、と放送の目指すものを掲げた後、その内容について三項目をあげている。

一 放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。

二 放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること。

三 放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

 第二項の「不偏不党、真実及び自律」を保障する主体は誰か。さまざまな論争が展開されてきたが、公権力の側が放送事業者に対して保障し、時の政権の影響を受けないよう守らなければならないと読むのが定説だ。

 そして第三項。放送は健全な民主主義の発達のためにその役目を果たさなければならないと書いている。そう、放送は民主主義のために役に立たなければならない。

 だが、現実の放送はどうなっているのだろうか。

 4月27日、早稲田大学のキャンパスで、「報道実務家フォーラム2025」が開催された。これは全国の新聞・放送界の記者やディレクターなど、報道の現場に身を置くひとたちと研究者たちが一堂に会し、メディアの最前線で直面した課題について語り、学び合う場だ。中で注目を集めた講演があった。「立花孝志と対峙する報道の問題とは」。語ったのはTBSテレビ「報道特集」の曺琴袖編集長兼制作プロデューサーだった。会場は、許可を得た人以外、一切撮影・録音は禁止。お隣の席で取材しておられた江川紹子さんが書かれた記事を参考にしながら、曺さんの講演を振り返ることにする。

「報道特集」曺編集長の覚悟

 「報道特集」では、斎藤元彦兵庫県知事に関わる課題、県知事選挙の裏側、関係者を襲った出来事について放送した。放送回数は今年5月24日で13回を数える。講演の冒頭、曺さんは企画の意図を述べた。それは民主主義の根幹にかかわるテーマだったからだと。それにしても、今やだれも手が付けられない立花孝志氏に関わる企画を連続して放送するには、並大抵ではない覚悟が必要だった。

 「報道特集」が最初にこの問題を放送したのは去年8月31日、2回目は9月14日。兵庫県が告発者の犯人捜しをするために作成した内部文書を入手し、元県民局長を追い詰めていく過程を明らかにした。この2回の放送は、消費者庁が斎藤知事の行為は「公益通報者保護法」に抵触するという見解を示す9カ月も前に出され、斎藤知事の疑惑を世に知らしめたスクープだった。

 9月19日、兵庫県議会は全会一致で斎藤知事の不信任案を可決し、9月30日、斎藤知事は自動失職した。それを受けて11月17日に再び選挙が行なわれた結果、斎藤氏は県知事に再選された。失職から再選までの間、それまでテレビ局各社は、「パワハラ」や「おねだり」の疑惑について、これまでの過熱気味だった放送から一転して沈黙に転じた。「報道特集」も例外ではなく、取り上げることを控えた。このおよそ2カ月弱の間に何が起きていたのか。

永田浩三

(ながた・こうぞう)ジャーナリスト。1954年大阪府生まれ。東北大学卒業。1977年NHK入局。プロデューサーとして、『クローズアップ現代』『NHKスペシャル』等を制作し、2002年菊池寛賞を共同受賞。2009年から2025年まで武蔵大学社会学部メディア社会学科教授を務めた。著書に『NHKと政治権力』(岩波現代文庫)、『ヒロシマを伝える』(WAVE出版)、『原爆と俳句』(大月書店)など。

2025年6月号(最新号)

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