【連載】ルポ イバラキ (第1回)民主主義が消えていく

小林美希(ジャーナリスト)
2024/12/05

「ばか、死ね、出ていけ」――心を病む県職員たち

 「兵庫県知事のパワハラ疑惑報道を見て、茨城県知事が職員に対して急に丁寧になったと聞いています」と、茨城県政に詳しい事情通が語る。

 それには理由がある。約4年前の2020年9月、県議会では共産党の江尻加那県議が「大井川知事就任から2年、県庁職員の長期病休者のうち、精神性疾患(メンタル疾患)が初めて100人を超えていることは大変気がかりな事態です」と問題を指摘していたが、それ以降もメンタルヘルスを崩す県職員の数が一向に減らないからだ。

 茨城県では大井川和彦氏が知事になった2017年度以降、「心身の故障による休職」(30日以上の長期療養休暇)が増加している。県の「人事行政の運営等の状況」によれば、県の教育部門と警察部門を除いた一般部門の職員が「心身の故障」で休職した人数は、2017年度の168人から2023年度は272人へと約1.6倍に増えている。職員に占める休職者の率を計算すると、2.56%から4.09%に上昇している。

 この「心身の故障による休職」のうち「メンタル疾患」の内訳を県に尋ねると、2017年度の90人から18年度に106人に増加。19年度以降は115人前後の横ばい状態で2023年度も115人と減らないのだ。

 江尻県議によれば、2020年9月の議会で、知事によるパワハラとストレートには言及していないが、県職員幹部が大井川知事から「ばか、死ね、出ていけ」などの暴言を受けたという内部告発があったことで質疑におよび、その内容を重ねるように質疑していたという。

 「事業者たる地方公共団体の任命権者は、みずからもパワハラに対する関心と理解を深め、職員に対する言動に注意を払うよう(総務省通知に)明記しています。さらに、公務職場におけるパワハラ防止対策検討会のまとめでは、パワハラになり得る言動として、書類で頭をたたく、物を投げつけるといった暴力のほか、人格を否定するようなばり雑言を浴びせる、ほかの職員の前で無用なやつと言うなどの暴言、さらに、自分の意に沿った発言をするまでどなる、自分のミスを部下に責任転嫁するなどの威圧的行為の事例を挙げ、ばか、死ね、出ていけとの暴言の告発も寄せられています」(県議会議事録)

 2020年6月に労働施策総合推進法が改正され、パワーハラスメント対策が大企業の義務になった時期でもある。大井川知事からは「県では法改正以前からハラスメント発生の防止、迅速な対応に努めてきた。県庁組織全体として取り組むべき課題と認識し、ハラスメント対策を徹底する」という一般的な答弁で終わった。

 県にはハラスメントに対する内部窓口はあったが、利用しにくいなどの理由から2024年11月になって外部窓口が設置された。ただ、その直前の10月20日、茨城県庁で知事や副知事を担当する秘書課の職員が死亡した。ある県議に寄せられた情報をもとに、職員の年齢、死因について県に事実関係について確認すると、「秘書課の職員が死亡したことは事実です。遺族のご意向があるため死因は申し上げられない。年齢も個人情報となるので申し上げられない」(秘書課)とする。同県議は「死因について県による調査が必要です」と深刻な口調で話した。

 茨城県庁内のメンタル疾患の増加について、ある県庁職員は、「知事が提案する施策について、行政として懸念されることを進言すると『やる気がないのか』と言われてしまうようです。それで落ち込む職員は少なくない」と内情を話し、他の関係者も「おとなしい人柄の職員が多く、上司にモノ申すことなく呑み込んでしまう雰囲気がある」と話す。それというのも、茨城県では「トップセールス」の名の下に、大井川知事が次々と「新たな」施策を打ち出しているからだ。

職員のプレッシャーと「知事案件」

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小林美希

(こばやし・みき)ジャーナリスト。1975年茨城県生まれ。『エコノミスト』編集部を経て2007年よりフリーのジャーナリスト。著書に『ルポ 保育崩壊』『ルポ看護の質』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)、『ルポ 中年フリーター』(NHK出版)、『年収443万円』(講談社)、『ルポ 学校がつまらない』(岩波書店)など多数。

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