【連載】ルポ 消えたい子どもたち──生きたいと思える社会へ(第1回)虐待から逃げるために

樋田敦子(ルポライター)
2024/12/05

その他の記事はこちら(ルポ 消えたい子どもたち)

 虐待、いじめ――そして、孤独・孤立。自殺念慮を持つ子ども・若者が増えた背景には、大人たちの行動や社会に起因するものも数多くある。

 「4つの虐待をすべて受けてきました。大人になりたくなくて20歳で自殺しようと思って生きていた」

 「顔出ししないアクティビスト」を名乗る、女性支援団体職員の希咲未來さん(24歳)は、イベント「ぎゃるとROCKと桜島」の席上で自らをこう紹介した。裸足で家を飛び出した14歳から家族とは離れて路上やネットカフェで暮らしてきた。「家よりはマシだったから……」

 4つの虐待とは、身体的虐待、心理的虐待、ネグレクト、性的虐待だ。こども家庭庁が発表した2022年の児童相談所による児童虐待相談対応数は、21万4843件で、前年度より3.5%増えた。虐待の中でいちばん多いのは心理的虐待で、全体の59.6%を占める。以下、身体的虐待、ネグレクト、性的虐待が続く。

 彼女は体験を赤裸々に語り、自分の考えを、はっきり主張する。「これまでの体験を後悔していない。むしろあの親がいたから、今こうして活動できている」と言い切った。

 後日、彼女の拠点、東京・新宿の歌舞伎町にある喫茶店で会った。「ケーキ食べてもいいんですか。うれしいな」。黒いパンツが良く似合う細身の体躯。歌舞伎町と聞いてイメージするような派手さはなく、どこでも見かける20代女性。見えないところにこそ社会に起因する問題は潜んでいるのだ、と思う。あらためて未來さんに話を聞いた。

 「本当に20歳で死のうと思っていたんです。あんなに汚い大人のカテゴリーには入りたくなかった。小学生の頃、私が自分の気持ちを初めて言語化できたのは、実は〝死にたい〟だったのです」

 2000年に関東地方で生まれた。父は会社員で母は専業主婦、弟がいる。瀟洒な家に住み、小さい頃から公文と新体操、ピアノ、進学塾に通っていた。親は教育熱心で経済的余裕のある申し分ない家庭と、周囲から一目置かれていた。本人は、おとなしくて人前でしゃべれない子だった。

 ところが世間のイメージと違って、父親は何か気に食わないことがあると母親に暴力をふるった。その矛先は、やがて子どもにも及び、「お前が生まれたから人生が狂った」と壁に頭を打ちつけられた。母親は、弟には食べたい物、欲しい物を与えるが、未來さんには「冷凍食品でも食べておけ」と食事も作らない。毎日冷凍パスタを食べていた。そしてよく言った。「お前なんか産まなきゃよかった」と。

 小さな町の小学校では、1年生の時からいじめに遭った。親が学校に怒鳴りこみに行くと、さらにいじめがひどくなった。幼少期を振り返って次のように語る。

 「物心ついた時には暴力が始まっていて、殴るのは、外から見えないお腹や太もも。一緒に入浴することを強要され、嫌だと断ると、母親は『親子だからいいじゃない』と止めもしなかった。

 中1で自室を与えられると、夜中に父親がやってきました。今まで以上に殴られるのが嫌で、抵抗できなかった」

 小6のとき、スマホが出はじめた。欲しいと言う未來さんに「全国テストの点が良ければ買ってやる」と約束し、日ごろから成績の良かった未來さんはスマホを手にする。初めて検索したワードは、「死にたい」「自殺」「リスカ」。お小遣いはなく、カッターを万引きして持ち歩いた。

 「父親とつながっている血を流したかったから」と、何度も隠れて自傷行為をしていた。

樋田敦子

(ひだ・あつこ)ルポライター。明治大学法学部卒業後、新聞記者生活を経てフリーランスに。著書に『コロナと女性の貧困』『東大を出たあの子は幸せになったのか』(大和書房)。最新刊は構成を担当した『貧困・孤立からコモンズへ』(太郎次郎社エディタス)。

latest Issue

Don't Miss