【連載】歌舞伎町で。(17)「もうやめませんか」――性売買をめぐる1000年の理屈

仁藤夢乃(一般社団法人Colabo代表)
2026/09/30
韓国の性売買経験当事者ネットワーク「ムンチ」と日本の「灯火」による合同ワークショップにて。(筆者提供)

 日本では今、売春防止法の見直しが大詰めを迎えている。8月末、法務省の「売買春に係る規制の在り方検討会」が示した取りまとめ報告書案では、売る側を処罰する売春防止法5条を残す方向が示された。一方で、買う側については路上での勧誘等を規制する方向が示されたものの、買春そのものを需要側の責任として処罰する方向にはいたっていない。

 そこで私たちは9月3日、国会内で、売春防止法の見直しをめぐる緊急院内集会を開いた。売る女性をどう取り締まるのかではなく、性売買を生み出している構造をどう変えるのか。そして、誰に責任を負わせ、誰の何を守る法律にするのかを議論するためだ。

 集会では、元法政大学総長でColaboの理事でもある田中優子さんが、日本の性売買をめぐる約1000年の歴史を振り返りながら、性を買うことを容認してきた社会をどう変えるのかについて話した。驚いたのは、いま売春防止法の見直しをめぐって語られている論理とよく似たものが、戦前から繰り返されてきたことだった。

自主性を装い、隠蔽する

 1872年、明治政府は芸娼妓解放令を出した。人身売買を禁止し、娼妓たちを解放するというものだった。しかし、それで女性たちが性売買から解放されたわけではなかった。翌年には貸座敷制度がつくられた。それまでの仕組みをそのまま続けるのではなく、女性が自分で営業し、業者は場所を貸しているという形がとられるようになった。女性たちが、いわば「個人事業主」として扱われ、性売買を「自主的にやっているかのように見せる」ものだ。

 この形式は今に至るまで維持され、現代の風俗店でも女性たちは個人事業主として扱われている。今でも性売買について、「本人が自分で選んでいる」「自分の意志で、仕事としてやっているから問題ではない」といった言葉が繰り返されるが、女性の自由意思という言葉によって、その背後にいる業者や買う側、そして女性がそこに至るまでに置かれてきた状況を見えなくさせる構造は、ずっと以前から続いてきたものだ。

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