【連載】歌舞伎町で。(16)性売買から離れて、生きていくために

仁藤夢乃(一般社団法人Colabo代表)
2026/09/30
韓国の性売買経験当事者ネットワーク「ムンチ」と日本の「灯火」による合同ワークショップにて。(筆者提供)

「疲れた」――腕を切る少女たち

 8月のある夜、新宿・歌舞伎町のホテルの前に、二人の少女がしゃがみ込んでいた。腕にはいくつものリストカットの傷があり、顔色は悪く、目の下には濃いクマができ、ひどく疲れ切っていた。声をかけ、お腹を空かせていないかを聞くと「今日は何も食べていないけど、食べ物はいらない。食欲がない」という。理由を聞くと、「7万盗られた。もう疲れた」と話した。地方からやってきたばかりの14歳と15歳の少女たちだった。腕には互いの名前がカッターで刻んであり、血が滲んでいた。疲れて寝ている間に、ホテルの部屋に置いていたカバンの中の財布から、お金がなくなっていたのだという。そのホテルは、半グレ組織が少女たちを管理売春させる拠点としてよく使われているホテルだった。

 話を聞きはじめてすぐ、ホテルから20歳前後の若い男たちが出てきた。私たちを見るなり、少女たちに「この人たちは何?」と圧をかける。少女が「10代の女の子向けのカフェをやってる人」と答えた。

 二人の男は少女たちに「俺たちのこと疑ってんの?俺たちは何も触っていない。そもそも、お前がパキって(オーバードーズをすること)いたのが悪い」とか「もともとお前が最初にいた部屋とその後寝ていた部屋は違う。その時誰といたの?」などと早口でよくわからないことを言い、少女を責めていた。お金を盗られた少女は、彼らに反抗できない様子で、「疑っているとかじゃなくて、お金が返ってきてほしいだけ」と泣きそうになっていた。

 そして、男はもう一人の少女を見下ろして「お前、これからどうするの? やるの?」と言った。少女が黙って下を向いていると「どうすんの?」ともう一度言い、少女が「わかんない。どっちでもいい」と答えると、男は「じゃあ、遅い時間に仕事回すから」と言った。客を取れ、という意味だ。

路上から管理へ――逃げ場が封鎖されていく

 最近は路上で性売買をする女性たちへの取り締まりや未成年者の補導が強まったこともあり、業者は少女たちを路上に立たせず、ホテルの中に待機させ、路上では男が客引きしたり、SNSなどで買春者とやり取りをして少女に売春させるなど、性売買をより見えにくい形で行なうようになっている。少女たちを管理しているのが、若い男性や少年であることもよくある。少女たちが逃げないように監視する見張りの若い男たちは、たいてい少女たちのすぐそばにいて、路上で私たちが少女たちと話ができたとしても、男たちがすぐにやってくる。少女が自分の話をし始めると、ほんの数十秒のうちに監視役の男に囲われることは珍しいことではない。そして、少年たちはすぐに手が出ることもあり、私たち自身にも身の危険が迫ることや少女たちがさらなる危険にさらされることもある。そのため、私たちはいつも彼らの隙を見て、少女たちとの接触をはかっている。

 男たちがいないところでは、「疲れた」「休みたい」と話していた少女も、男がそばにくると、態度を変える。私たちと親しく話していたら、そのあと何をされるかわからないからだ。客が取れないことを理由に顔面を殴られてアザだらけだったり、薬物に依存させられたりした少女たちと出会うこともある。「誰かの悪口を言った」「誰かに借りがある」などといちゃもんをつけて少女たちに借金を背負わせて、地方から歌舞伎町に連れてくる手口もよくある。客を取らされる少女たちは、その生活の中で、薬物に依存しなければ生きてはいけない状態になることもある。男たちは彼女たちを使い捨てにしている。

 目の前に、傷つき、疲れ切って、男たちにお金を取られ、それでもこのあと客を取るように言われている少女がいる。それなのに、その子がそこから離れられるように介入し、「もうここに戻らなくても生きていけるよ」と言える仕組みが、日本にはない。

 そもそも、14、5歳の少女たちが管理売春させられているのを目の当たりにしても、警察も、行政機関も、通行人も、もちろん買春者も、誰も彼女たちに手を差し伸べず、加害者たちを少女たちから引き離そうとしない。

 私たちが警察に通報したとしても、警察が男たちを少女から引き離し、その日のうちに安全な場所へ移し、その後の暮らしを保障してくれるわけではない。むしろ、非行少女として扱われて指導や更生の対象とされたり、その先の行き場がないことを私もよく知っている。福祉につないでも同じだ。今夜どこで寝るのか。明日から何を食べるのか。男たちからどう守るのか。学校に戻りたいならどうするのか。心も体も傷ついている少女たちの生活やトラウマケアをどのように支えるのか。その先の仕事や暮らしをどう築くのか。そこまでなければ、「ここから出ていい」と言われても、出ることはできない。

疲れ果てる少女たち

 この日、少女たちと男たち、そして私たちがホテルの前で話をしていると、数分のうちに今度はホテルから従業員の中年女性が慌てた様子でやってきた。そして、少女を管理する男たちに「ここでやらないで」「ホテルの前に集まらないで」と言い、何かを耳打ちするようにコソコソ話して男たちを奥のほうに連れていった。その後、男たちが戻ってきて、少女たちをホテルの中に連れて行ってしまった。

 ホテル側が少女たちの状況を知らないとは考えにくい。実際、フロントの従業員が事情を知っていると話す少女もいる。それでも、ホテルの女性従業員が気にしていたのは、傷ついた少女たちのことではなく、ホテルの前で騒ぎになることだった。少なくとも、このホテルは少女たちの性売買に使われていることを知りながら、その場を提供しつづけている。

 歌舞伎町には、街の至る所に少女たちが管理されているホテルがある。性売買のために使われているホテルが山ほどある。そのことを区も警察も知らないわけがない。

 疲れ果てた少女たちが、もう限界だという表情でこちらを見上げているのに、何もできずに男たちに連れて行かれてしまったことは、数えきれないほどにある。私は彼女たちの目を忘れることはできない。

 その一瞬では、私は自身や少女たちが男たちに暴力を振るわれないように気を遣いながら、何もわかっていない人のふりをして少女たちと連絡先を交換することで精いっぱいだ。そうして連絡先を交換できれば、その後も継続的に連絡を取り、関係を作り、逃げる機会を作ることができるかもしれないと思っているが、少女たちにはその気力は残っていない。

 だからといって、その場で無理やり男たちから引き離しても、司法や行政、福祉が味方をしてくれなければ、少女たちの生活を変えられないことを知っている。これが、性売買を女性に対する人権侵害だと認識し、加害者を処罰し、被害者の脱性売買を支える法や制度のある国だったらどうか。警察が少女たちを非行少女としてではなく、被害者として介入する組織だったらどうか。そう考えると毎日悔しく、一人の大人として、少女たちに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

被害の体験を語り始める

 7月、韓国と日本で、反性売買運動を行なっている性売買経験当事者ネットワーク「ムンチ」と「灯火(とうか)」のメンバーが30人以上集まり、2泊3日の合同ワークショップを行なった。

 日韓6人の当事者が経験を話した。初めて人前で経験を語る人もいたし、原稿を書くために過去を振り返ること自体が苦しく、何度も涙を流しながら準備した人も多くいた。

 日本から参加した一人は、中学2年生の頃から性売買をしていた。家にも学校にも安心できる場所がなく、家を出た彼女に最初に声をかけてきたのは、手を差し伸べる大人ではなく、性を買おうとする男だった。「5000円でどう?」と声をかけられた。その5000円が、今日と明日を生きるためのお金だった。

 周りの大人にも助けを求めたが「あなたにも問題がある」と言われた。家がない状態で仕事を求めてハローワークに行っても、「家はないの?」「未成年だからお家に帰ろう」と言われた。彼女は、大人に頼っても無駄なのだと思うようになった。「今日帰る家がない。孤独や絶望の中にいることに、誰一人目を向けてくれなかった」と彼女は話した。

 その後、私と出会いColaboにつながったが、「それまで我慢していた分、遊びたい気持ちが強くなり、夜の街に繰り出すようになった」と話した。私からは当時の彼女は、これまでの傷つきや、これからへの不安、周りの同世代と自分の人生や生活状況を比べて自暴自棄になったり、どうしたらいいのかわからなくなったりしていたように見えた。「遊びたい」という言葉や振る舞いの背景にも、トラウマや被害の影響が存在していることはよくあることだ。

 彼女はColaboを離れ、性売買に戻ったこともあった。今でも過去を思い出してフラッシュバックする。「傷は消えていません。自分のことが汚いと思い、何度も手を洗います」とも話した。そして、当時の自分について、「あの時の私は問題児なんかじゃなく、ただただ生き延びようと必死だった」と語った。

 もう一人の日本の当事者は、家での暴力から逃れて新宿に来て、スカウトの男に「休めるところがある」と声をかけられて性売買をするようになった。彼女がColaboにつながったきっかけは、「バスカフェにお弁当あるよ」と声をかけられたことだった。そこでご飯を食べ、話を聞いてもらい、シェルターを利用して性売買から抜け出して、一人暮らしを始めた時には、「自分の家、自分の部屋ができた」「いる場所があるって幸せ」と感じたと話した。Colaboで就労支援を行ない、アルバイトをして生活しながら、今は自分と似た状況にいる少女たちのためにと、夜の街で少女たちに渡すグッズをつくることもある。彼女は「Colaboと出会ってなかったら、今の私は体を売りつづけているかもしれない。女の子たちが困ったときに体を売らなくていい社会にしたい」と話した。

「私は私の話をするのがあまりにも苦しい」

 韓国から参加した一人は、17歳の頃から性売買を始め、その後、26年ほど性売買の中で生きてきた。今回、自分の話をするために原稿を書こうとしたが、最初は書くことができなかったという。「私は私の話をするのがあまりにも苦しい」と話した。今も夜は眠れない。怪我をしても痛みを感じないことがあり、骨が折れていても痛みがわからなかったこともある。体を洗っても自分が汚い、臭いと感じる。夢の中では今も性売買の店にいて、目が覚めても夢と現実の区別がつかなくなることがあると話した。この話に、その場にいた当事者たちは全員、涙していた。

 彼女は、これまで自分は「強い人間」なのだと思っていたという。でも今回、自分の人生を振り返って話す準備をする中で、「私は強い人間ではなくて、痛いのに痛いとも言えない人だったのかもしれない」と思ったと話した。そして、別の当事者たちと出会ったときに「ここにいるみんなの話が、なぜ私とこんなに同じなんだろうか」と思ったと語った。「私の過去はここにいるすべての方たちの人生とあまりにも似ている」「脆弱な女性を搾取する構造は全世界どこに行っても同じ」「私の経験が私だけのものではない」とも話した。国も言葉も、生きてきた時代も、性売買の形も違っても、それでも経験が重なる。「構造が同じだから経験も同じなんだ」と話した。

 家にいられないこと、貧困、孤立、誰かに必要とされたいと思うこと。そうした状況につけ込み、男性が金を払って女性の身体を利用し、業者がそこから利益を得る。そして傷ついた女性の側に、「自分で選んだのだろう」と責任を負わせる。同じ構造の暴力のなかで、世界中の女性たちが同じ痛みを経験している。

 彼女は18歳の頃の自分について、「18歳の子どもにこの社会はどういう選択肢を与えてくれましたか」と問いかけた。そして、「それは選択ではありませんでした。選択肢のない場で生き残るために追いやられた」と話した。

 性売買から離れた後も、その経験がなくなるわけではない。今回、自分の人生を振り返った韓国の当事者の一人は、痛みについて、爪のようなものだと話した。切ってもまた伸びてくる。痛みも、なくなったと思ってもまた戻ってくる。これまで鏡を見ると、自分のことを汚い、醜い、馬鹿だ、貧しいと思っていたという。でも今回、17歳から30歳頃までの自分を振り返り、「自分がかわいそうになりました」と話した。そして、「これからは自分のことをかわいがろうと思います」と言った。

 ワークショップでは、誰かが話している途中で言葉に詰まれば、みんなで待った。泣けば一緒に泣いた。最後まで言葉にできなくても、そのことをみんなが受け止めていた。私も最後に、「言葉にできないこととか、まだ誰にも言えずにいることがあっても、言葉にしなくても、その痛みを分かち合える」、この関係に感謝した。

 韓国の当事者の一人は、「ワークショップを通して、性売買したことは、私が悪いんじゃない。購買者と業者が悪いんだって思えるようになった」と話した。「ここのメンバーたちが、お互いが生きられるようにした」と言った人もいた。「みなさんのおかげで、私が人間として生きられる」と話した人がいた。「今回のワークショップでまたこの1年生きていく力をもらえた」という人もいた。「私だけがつらかったんじゃなかった」「私だけがこの経験をしたんじゃなかった」という声も多かった。

少女たちにも、この先の人生がある

 以前、韓国の当事者の一人が、「どうして私たちには誰も謝らないのだろう」と話したことがあったという。性売買の中で受けた暴力について、業者や買春者から謝られることはない。

 でも今回、その女性は「十分に謝ってもらった気がする」と話した。誰かが加害者の代わりに謝ったわけではない。自分の話を聞いて、泣いてくれた。言葉が出るまで待ってくれた。否定せずに受け止めてくれた。そのことについて話していた。

 私自身も、このワークショップで何度も泣いた。日本では、私は強い人だと思われることが多い。男社会に抗い、はっきりものを言い、攻撃されても闘いつづける姿を見せている。でも日韓の当事者たちとの集まりでは、いつも涙が止まらない。その痛みが分かる人たちとの時間だからだ。

 私は「今、自分にはもう、体を売りつづける人生しかないんだって思っている人たちに、ここにいる皆さんのことを伝えたい」と話した。人を信じたり、痛みを分かち合ったり、一緒に怒ったり、笑ったり、お酒を飲んだりする関係をつくることができる。そのことを今、性売買の中にいる少女たちにも、知ってほしい、そういう関わりを作っていきたいと思う。

 ホテルの前にしゃがみ込み、このあと客を取るように言われていた少女たちにも、この先の人生がある。

 韓国の女性たちは、日本から参加した当事者たちに、「これ以上傷つかないでほしい」「心が痛まないように」「これからはいいことばかりあってほしい」と何度も話していた。次に会うときには、もう少し幸せな顔で会いたいという言葉もあった。私はそれを聞きながら、日本の現状が悲しかった。

 「幸せになってほしい」と願ってくれる人たちがここにはいる。私も、出会う女性たちに好きなことをして、安心して暮らしてほしい。自分の人生を楽しんでほしいと思う。それなのに、「せめてこれ以上傷つかないように」「せめて苦しみが少ないように」と願わなければならないほど、女性たちが傷つけられている。

 性売買からの離脱とは、その場から離れさせることだけではない。安心して眠れる場所があり、食べるものがあり、追ってくる人から守られ、自分の身体を売らなくても暮らせること。傷ついた心と身体を休ませ、自分が悪かったのだと責めつづけなくてもよくなること。人を信じ、一緒に泣いたり笑ったりしながら、自分の人生を生きられるようになること。その先までなければならない。

 夜の街で今も出会いつづけている少女たちに、「これ以上傷つかないでほしい」と思うだけでは無責任だ。少女たちを路上から見えなくするのではなく、性売買をしなくても生きていけて、少女たちが自分の幸せを望める社会をつくらなければならない。

 本年8月末、売春防止法改正を議論する検討会は取りまとめ案を示した。売る側への処罰は残す方向だ。処罰の枠組みを残したままでは、女性たちは被害を訴えることも、支援につながることも困難なままだ。

仁藤夢乃

一般社団法人Colabo代表。1989年生まれ。主な著書に『難民高校生 絶望社会を生き抜く「私たち」のリアル』(英治出版)、『当たり前の日常を手に入れるために 性搾取社会を生きる私たちの闘い』(影書房)など多数。

2026年10月号(最新号)

Don't Miss