これまでの記事
【第1回】差別と排除のなかで置き去りにされる少女たち
【第2回】「少女を守る」と胸を張るおじさんたちが守りたいもの
【第3回】「家族の助け合い」という言葉が隠すもの
【第4回】メディアはどっちを見てる?
【第5回】怒鳴る相手が違う
【第6回】世界各地の実践と議論に学ぶ
【第7回】罰せられるべきば買う者たち
【第8回】買春男の評価なんていらない
【第9回】生き抜くためのシスターフッド
二〇二六年二月、高市内閣の平口洋法務大臣が「路上等における売買春の勧誘行為等が社会的な問題として指摘され」ていたとし、売春防止法の見直しに向けた検討会の設置を表明した。現行の売春防止法では、売買春を違法行為としながらも、五条の勧誘等罪では、性を売る側(ほとんどの場合は女性)のみを処罰の対象とし、買う側は処罰の対象となっていない。
「買春処罰」に踏み出すことは歓迎だが、私は売春防止法の問題を、買う側への処罰がないことのみに矮小化して「買春処罰」の導入により、売る側と買う側の不均衡を是正できるかのような間違った印象で法改正が進められることを懸念している。
国家による女性支配
売春防止法はどのようにして作られたのか。日本では戦前から、貧しい家庭の少女や女性に借金を背負わせ、身売りさせる公娼制度が続いてきた。敗戦後すぐの一九四五年八月、日本政府は連合国軍の兵士による性暴力の国内蔓延を恐れて、「一般の婦女子を守る性の防波堤」とするという名目で、GHQ向けの性売買施設RAAを設立した。これは、日本軍自らが戦時中、占領地や戦地に「慰安所」を設置し、植民地支配していた朝鮮や台湾などの女性たちを慰安婦として性奴隷にし、現地の女性に対する性暴力を繰り返し行なってきた自覚があったからこその反応だったのだろう。
RAAでは、貧しい女性を様々な方法で集め、過酷な環境で性奴隷として働かせ、GHQはこれを利用していた。しかし一九四六年、GHQは日本の公娼制度を奴隷制度だと指摘し、廃止令を出した。その後、RAAも廃止されたが、日本政府はその後も区域を限定した「赤線」の仕組みで性売買を温存させ、地区内の性売買店に「特殊飲食店」として営業許可を与えて警察の管理下に置いた。戦前の公娼制度のような人身売買ではないと見せかけるために、「女性が自分の自由な意思で働いている」という建前を取ることで、業者が法的追及をかわせるようにした。さらに、性病の蔓延を防ぐために、女性に対する性病検査が義務化された。これは性売買店を利用する連合国軍兵士への性病蔓延を防ぐというGHQ側への配慮でもあった。
この、性売買は「女性の自由意志」によるものというまやかしや、性売買を、性暴力を防ぐための「必要悪」とする考え方は、現在にも根強く残っている。
性売買における女性の経験する被害やリスクを「性病」に矮小化し、性病検査を義務付けている性売買店なら働く女性にとっても安全であると宣伝することで性売買を正当化しようとし、それにより、安心して客が性を買うことができる仕組みを整えている業者の手口はこの頃から続いている。

