※これまでの記事
【第1回】差別と排除のなかで置き去りにされる少女たち
【第2回】「少女を守る」と胸を張るおじさんたちが守りたいもの
【第3回】「家族の助け合い」という言葉が隠すもの
【第4回】メディアはどっちを見てる?
【第5回】怒鳴る相手が違う
【第6回】世界各地の実践と議論に学ぶ
【第7回】罰せられるべきば買う者たち
【第8回】買春男の評価なんていらない
【第9回】生き抜くためのシスターフッド
【第10回】買春処罰だけでは足りない
【第11回】性風俗という暴力
【第12回】続・性風俗という暴力
【第13回】風俗業者側の呆れた論理
【第14回】見えなくすればいいのか
法務省の「売買春に係る規制の在り方検討会」は、第2回で性売買経験者や支援団体からヒアリングを行なった。そこでは貧困や虐待、衣食住の喪失や孤立、ホストやスカウトによる支配、妊娠や性感染症、トラウマなど「自由な選択」という言葉では語り尽くせない経験が語られた。しかし、女性の非処罰や脱性売買支援の必要性が十分に議論されず、売春防止法と同時に風営法の改正が必要であることが取り上げられることもなかった。そこでColaboや性売買経験当事者ネットワーク灯火の当事者たちは意見書を提出した。
検討会は非公開で行なわれており、ようやく5月の第4回の議事録が公開された。そこでの議論は、まったく性売買の現実に根差しておらず、性売買を女性に対する暴力として扱うことを「思想」の問題としたり、ほとんどの委員が「性産業への影響」を理由に規制の強化に反対したりしていることがわかった。
路上では「私生活」、店では「産業」
検討会では、「私生活上の性行為に捜査機関が踏み込むこと」への懸念(宮城テレビ放送常務取締役大沢陽一郎委員)や、「同意の下で行われる性行為に公権力が介入することへの懸念」(東京都立大学法学部教授の星周一郎委員)、そして買春処罰による性風俗産業への影響が繰り返し論じられている。
路上であっても店であっても同じく金銭を介した性行為が行なわれているにもかかわらず、路上における性売買は、「男女間の同意」「私生活上の性行為」「プライバシー性の高い領域」とされ、公権力の介入に慎重であるべきだと語られる。ところが業者が介在して組織的に行なう風俗店の話になると、「守るべき産業」とされる。どちらの場合も買う側が金銭を払い相手の身体を性的に利用している点は同じなのに、議論の枠組みだけが都合よく変わっている。
現実には女性たちは路上と店を行き来し、路上での取締りが強まれば業者が店へ勧誘する。路上を「個人間の私的行為」、店を「保護すべき産業」と分けることにより、性売買の一体的な構造は見えなくなる。
性売買を「プライバシー性の高いものだから公権力は介入すべきでない」というなら、むしろ問われるべきなのは、そのように人格や尊厳と密接に関わる領域を、金銭で他者が利用できるビジネスにしてよいのかということだ。




