在留資格の厳格化、後天的国籍取得(「帰化」)の厳格化、在留許可手数料の大幅な値上げ、永住許可の厳格化――。「秩序ある共生」を掲げる政府のもと、外国人に対する管理強化が矢継ぎ早に推し進められている。
「国民の安心・安全」のために
わずか1年余りですっかり定着した「秩序ある共生」という言葉は、2025年5月に自民党内に設置された「外国人との秩序ある共生社会実現に関する特命委員会」の名称から始まる。翌6月、当該特命委員会は第一次提言「国民の安心と安全のための外国人政策――違法外国人ゼロを目指して」をとりまとめ、石破総理(当時)に提出した。
「不法」ではなく「違法」という用語が選択されているのは、「不法」残留や「不法」就労など入管法違反にとどまらず、あらゆる法律に違反する外国人を排除するという強い意思を示しているのであろうか。
同月に閣議決定された「骨太の方針2025」でも、「海外活力の取り込みを進めつつ、国民の安心・安全を確保するため、外国人との秩序ある共生社会の実現」に取り組むことが明記された。
その後、司令塔となる事務局組織として内閣官房に「外国人との秩序ある共生社会推進室」が設置され(同年7月)、10月に誕生した高市内閣で「外国人との秩序ある共生社会推進担当大臣」(以下「外国人担当大臣」)が新設され、11月には、従来の関係閣僚会議(1)が「外国人の受入れ・秩序ある共生社会実現に関する関係閣僚会議」(以下「新関係閣僚会議」)に改組され、翌26年1月、衆議院解散の同日に「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」(以下「新総合的対応策」(2))が発表された。
1 2018年12月に「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」が開催され「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」(以下「総合的対応策」)がとりまとめられた。以後25年度まで、総合的対応策は毎年度改訂されている。
2 総合的対応策の冒頭の「基本的な考え方」は、2025年度までほぼ同じ文章であったが、新総合的対応策では全面的に書き換えられた。
これら一連の動きの背景には、在留外国人や訪日外国人の急増がある。日本の制度が多くの外国人を受け入れることを前提とした設計になっておらず、「一部外国人」による法やルールの逸脱行為、制度の不適切利用に対して、「国民」が不安や不公平を感じている。その一方で、成長戦略の観点から外国人受入れを進める必要があることから、「国民の安心・安全」のために「秩序ある共生」を目指す、というのだ。
果たしてそうであろうか。
そもそも在留外国人や訪日外国人の増加は、深刻な労働力不足への対応としての在留資格「特定技能」の創設、留学生40万人計画や留学生の就職促進、観光立国推進など政府の受入れ拡大政策の結果である。
かつて送り出し国であった日本が、外国人労働者受入れ国に転換したのは1980年代後半、ニューカマー外国人が急増するのは1990年代、今から30年以上前である。制度を見直す時間は十分にあったし、市民団体や自治体などからも様々な要望が幾度となく提出されていた。欧州など受入れ先進国の経験を学ぶこともできたはずだ。にもかかわらず制度設計を怠ってきたのは、他ならぬ政府である。
法やルールの逸脱行為や制度の不適切利用は正されるべきであるが、それは外国人のみが行なっていることであろうか。SNSなどでは、生活保護の悪用、医療費未払い、国民健康保険料未納、高額医療制度の不適切利用、犯罪の増加など、外国人に関する誤情報(デマ)が拡散されている。もしかりに「国民」が不安や不公平を感じているとすれば、まず取り組むべきは、ファクトを明らかにすることである。2025年の参議院選挙の際には、市民団体やメディアなどがファクトチェックを行なったが、本来であれば、最も正確な情報を所有している担当省庁や受入れを推進しようとする政府が率先して行なうべきであろう。
けれども、政府は誤りを正すことなく(3)、外国人が優遇され日本人が蔑ろにされているといった言説に便乗するかのごとく、「国民」の不安や不満のスケープゴートとして外国人を政治利用し、日本人と外国人との対立構造を強化し、「秩序」を掲げ外国人に厳格に対応することで「国民」の支持を得ようとしているかのようだ。
3 残念なことに、正確な情報を発信しなければならない政治家自身がデマを流していることも少なくない。「奈良の鹿を蹴り上げる外国人観光客」(自民党総裁選)や「通訳を手配できず不起訴になる外国人」(所信表明演説)といった根拠のない高市氏の発言(デマ)すら、訂正も謝罪もないまま開き直りがまかり通っている。 なお、生活保護に関しては、2026年4月、厚生労働省が「生活保護における外国人の取扱いについて」という情報をHPに掲載した。ぜひ目を通してほしい。
前掲の新総合的対応策の冒頭にある「基本的な考え方」には、「我が国が目指すのは、国民・外国人の双方が安全・安心に生活し、共に繁栄する社会であることを明確にしておく」とある。この点については、筆者も同感である。「国民の安心・安全」と同様に、日本社会の構成員である外国人の安心・安全も大切である。
では、外国人の安心・安全は守られているのであろうか。以下、3点から検討したい。





