※この記事は、Adam Hanieh “The Middle East and Fossil Capitalism: Oil, Militarism and the Global Order,” Transition Security Project, 28 October 2025の翻訳です。
1世紀以上にわたり、中東は現代世界秩序の形成において中心的役割を果たしてきた。今日、中東は世界最大の石油輸出地域であり、その莫大な埋蔵量は、化石燃料資本主義の興隆と進行する気候危機を形作ってきた。
しかし、中東の石油の重要性は、エネルギー源としての役割をはるかに超えている。石油から生み出される富は、グローバルな武器取引と現代金融システムにとって不可欠となっている。こうした力学によって、中東は西側諸国、とりわけ米国の権力行使における恒常的な焦点となってきた。化石燃料資本主義に対する闘争が、中東における正義を求める闘争と一体である理由を理解するためには、この1世紀にわたり、石油、軍国主義、帝国がいかに結びついてきたかをたどる必要がある。
化石燃料によって築かれた欧州の帝国
現代の世界秩序の起源は20世紀初頭にある。第一次世界大戦後、オスマン帝国が崩壊すると、英国とフランスは中東をそれぞれの影響圏と支配地域へと分割した。その際、石油は重要な要素だった。中東の石油は埋蔵量が豊富で、採掘コストも安く、しかも地理的に欧州に近かったからである。この石油採掘は、植民地支配に支えられた少数の欧州企業によって支配され、現地の君主たちに支払われるロイヤリティはごくわずかにすぎなかった。この段階では、米国の石油会社は中東にほとんど進出していなかった。
植民地支配の初期段階においても、石炭は依然として世界の主要な化石燃料であったが、石油はとりわけ戦争遂行において重要性を増しつつあった(1)。例えば1914年、ウィンストン・チャーチル〔当時、英海軍大臣〕は、英海軍の艦船を石炭燃料から石油燃料へと移行させる上で、イランの石油埋蔵量が不可欠であると宣言した。石油で動く船は、より軽量で高速であり、かさばる石炭貯蔵スペースを必要としなかったため、武器や乗組員をより多く搭載することができた。英海軍によるこの戦略的な石油への転換は、中東における英国の植民地支配に依存していた。当時、イランにおける石油の採掘と精製は、英政府所有のアングロ・ペルシャ石油会社によって運営されていた(2)。現在、この企業はBPとして知られている。
1 Timothy C. Winegard, The First World Oil War, University of Toronto Press: 2016.
2 Mattin Biglari, Nationalising Oil and Knowledge in Iran: Labour, Decolonisation and Colonial Modernity, 1933-51, Edinburgh University Press: 2025.









