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「暮らし方が、未来を変える力を持つ」。頭上高く回転するブレードを支えるタワーの根元に、こう書かれた風車がある。秋田県にかほ市で2012年3月に稼働を始めた風力発電所「夢風」(1990kW)だ。
日本には風力発電が2866基ある(2025年末)。民間初の風力発電が1995年に福島県天栄村にできて以来、毎年平均で100基以上が建ったことになる。設備容量は6.4GW(一般社団法人日本風力発電協会調べ)であり、稼働中の原発15基(約5.6GW)を上回った。
この傾向は世界でより顕著だ。陸上風力は2025年だけで約155GW、洋上風力は約9GWが新設され、前年比で40%増、累積の設備容量は14%増の1299GWに達した。一方で、原発は434基(416GW)(日本原子力産業協会データ)で、風力の3分の1に劣後している。
連載2回目は、90年代後半からの日本の風力発電黎明期に市民の寄付で作られた初の市民風力と、一足飛びに今年始まった自治体の挑戦に光を当てる。
チョルノービリ原発事故後に
「1979年に世田谷区役所に入ったんです」――日本初の市民風車にチャレンジした鈴木亨さんは、2026年6月現在、全国30カ所で60基の風力発電所を管理・運営する株式会社市民風力発電の代表取締役だ。

結婚して子どもが生まれ、「安全で安心な食べ物を食べさせたい」との思いで生活クラブ生活協同組合に加入したことから、ことは展開していく。
生活クラブは、65年に世田谷区のお母さんたちが、安心・安全な食べ物を生産者と共に開発して、共同購入する組織として誕生させた。現在は21都道府県33組合に広がり、約42万人が利用している。区役所で所属した係員のほとんどが生活クラブの組合員だった。「誘われて地区の会議に有給休暇を取って行ったら、政治の話をしている。身の回りの疑問を政治の舞台につなげようという会議で、『これ、面白いな』と思って」鈴木さんは転職した。
その生活クラブに衝撃が走ったのが86年。8000キロ離れたウクライナでチョルノービリ原発事故が発生し、日本でも食品から放射能が検出された。
2年後、鈴木さんは生活クラブ北海道へ転勤したが、そこでは、泊原発の可否を問う道民投票条例を求める直接請求運動が盛り上がっていた。有権者4人に一人が署名した数に匹敵する100万筆が集まったが、道議会はそれを2票差で否決した。1号機が89年、2号機が91年に稼働。96年には3号機の計画が新聞の一面に踊った。
「デモや署名や学習会をもう1回やるのか。違う電気を市民の力で作るべきじゃないか」と、次の「面白い」に鈴木さんは引き寄せられていく。





