「2030世代」の社会的分断――韓国・フェミニズムをめぐる政治地図

横田伸子(関西学院大学社会学部教授)
2025/10/07
2025年3月14日、ソウル中心部で行われた尹錫悦大統領弾劾を求める集会に集まった人々。Yonhap News Agency/共同

尹錫悦大統領弾劾から大統領選挙まで

 2024年12月3日午後10時28分、尹錫悦(ユン・ソギョル)大統領は、「国会の専横と政党間の深刻な対立により国家の統治機能が麻痺している」との認識を示し、「国民の安全と憲政秩序」を名目に、突如、非常戒厳令を発令した。戒厳令発令と同時に、戒厳軍が戦車と銃をもって国会に侵入し封鎖すると聞いた市民たちが国会前に集結し、国会議事堂前8車線の道路は人で埋め尽くされるほどであった。彼らは、国会議員が戒厳令の解除のため国会に入ることを阻止しようとした警察と軍に激しく抗議した。その緊迫した状況下、国会議員たちは国会の壁を乗り越えて議事堂内に入り、戒厳令発令からわずか2時間で国会は戒厳令解除決議を可決した。それから10日後の12月14日、尹錫悦大統領に対する弾劾訴追案が国会に提出され、賛成多数で成立した。

 弾劾訴追案が国会で採択されてから約4カ月後の2025年4月4日に、韓国憲法裁判所は判事8人の全員一致で尹錫悦大統領の弾劾を認定し、尹錫悦氏は大統領職を罷免された。判決理由は、戒厳令が憲法で定められた要件を満たさず、民主主義の根幹である三権分立を侵害したことである。裁判所は、戒厳令の発令を、「憲法を無視した重大な違憲行為であり、大統領の権力濫用による民主主義の否定である」と断じた。

 この判決を受けて、6月3日に大統領選挙が行なわれ、弾劾訴追を主導した進歩系「共に民主党」代表の李在明(イ・ジェミョン)が保守系候補を破って当選した。ただし、後述するように、李在明の得票率は49.42%で過半数に達しなかったばかりか、保守系候補者2人を合わせた得票率49.49%にも及ばず、圧勝ではなかったという事実は看過できない。選挙前には李在明候補の優勢が予想されていたにもかかわらず、実際には支持は過半数に届かなかった。その背景には、20代・30代の若年世代のジェンダー対立、とりわけ若年男性からの明確な反発があったと見られる。

大統領弾劾運動の特徴

 2016年から17年にかけて行なわれた当時の朴槿恵(パク・クネ)大統領弾劾運動と比べることで、尹錫悦大統領弾劾運動の特徴を浮き彫りにしてみたい。

 朴槿恵大統領の弾劾運動は、「崔順実(チェ・スンシル)ゲート事件」が発端となった。大統領の長年の知人である崔順実氏による国政介入という権力の私物化は、国民が選んだ大統領による「倫理的背信」として国民の怒りを広く引き起こし、特定の政治的立場を超えた汎国民的弾劾運動へと発展した。

 後に「ろうそく革命」と呼ばれるこの運動は、2016年10月から翌年3月までの5カ月間、継続的に行なわれ、延べ人数で1600万人が、単一集会のピークでは全国規模で232万人が参加する空前の規模となった。朴槿恵大統領弾劾は、特定の政治的志向に偏ることなく、子ども連れの家族、学生、高齢者、そして無党派層を含む老若男女の国民的統合を生み出し、国民の圧倒的な賛意を得たのである。

 一方、尹錫悦大統領弾劾運動は、非常戒厳令という明確な「政治的事件」が直接の引き金となった。これは、国家の最高権力者が、正当な手続きを経ずに憲法秩序を逸脱する「政治的暴挙」と見なされた。憲法裁判所も、この行為が「重大な憲法違反」であり、「民主主義の否定」であると断じている。前代未聞の事態は、国民の多くの犠牲のもとに民主化を勝ち取った韓国の歴史を逆行させるのではないかという「民主主義に対する危機感」を国民の間で瞬時に高め大規模な抗議運動へとつながった。

 尹錫悦弾劾運動は、2024年12月3日の非常戒厳令が宣布されたときに始まり、2025年4月4日に憲法裁判所が罷免を決定するまでの約4カ月間にわたって行なわれた。この大規模な運動には、延べ人数で1000万人が、ピーク時には全国規模で226万人が参加した(主催者発表)。しかし、朴槿恵大統領を退陣に追い込んだ「ろうそく革命」に比べると、継続性は弱かった。尹錫悦弾劾運動は、非常戒厳令の宣布後、当初は全国的に大規模な動員を達成したものの、最終局面では勢いに陰りが見えた。

 とくに運動終盤では、熱心な尹錫悦大統領支持者による対抗集会の勢いが増し、弾劾賛成派が反対派の勢いに押される場面も見られた。これは、世代や政治的立場を超えた国民が、あたかも一枚の岩のように圧倒的な支持でまとまった朴槿恵弾劾運動とは対照的である。この対立は、尹錫悦弾劾をめぐり、韓国社会の分極化が深まったことを表す。

 日本では、尹錫悦大統領弾劾運動でK-popの応援棒を掲げた20代・30代の若い女性の姿が注目されがちである。彼女たちは、自身の「推し」を応援する際に使う大切な道具を、怒りや連帯の象徴としてデモに持ち込んだ。しかし、同じ時期に尹錫悦大統領を支持する対抗集会が無視できない規模で開かれていたという事実は、日本の報道だけでは見えにくい。弾劾反対派の集会は、警察推計で1万8000人から12万人に達したと報じられた。対立する二つの大規模集会の存在は、朴槿恵弾劾運動では見られなかった現象であり、韓国社会が弾劾という政治課題をめぐって深く分断されている状況を示唆している。

 弾劾反対運動の先頭に立っていたのは保守系キリスト教右派勢力である。彼らは、反共・親米、反LGBTQ+、反フェミニズムといった明確なイデオロギー的主張を掲げ、大規模な集会を牽引した。しかし、何よりも注目すべきは、尹錫悦弾劾反対派のデモにおいて、朴槿恵弾劾時の主要な参加者であった保守系高齢者中心の「太極旗部隊」に加え、20代・30代の若い男性層の参加が目立ったことである。

 これらの若い男性の多くは、ミソジニー(女性嫌悪)、反フェミニズムや排外主義といった政治的イデオロギーに強く共鳴していると分析されている。この新たな勢力の台頭は、韓国社会の分断が、とくに「2030世代」と呼ばれる若い世代のジェンダー間の価値観の違いや対立に根差していることを示している。

2030世代の分断

 韓国では、若年層におけるフェミニズムをめぐるジェンダー間の対立が極めて深刻であり、その構造的複雑さと社会的緊張の度合いは国際的にも際立っている。とりわけ2010年代後半以降、20代・30代女性によるフェミニズムへの積極的支持と思想的共鳴が広がる一方で、同世代の男性には保守化やフェミニズムへの否定的姿勢、さらには20代男性の「極右化」傾向といった現象が見られ、社会的関心を集めた。こうした特異な若者世代のジェンダー対立の構図を背景に、20代・30代の若年層は「2030世代」として括られ、政治的・社会的分析の対象になっている。この2030世代のジェンダー対立の力学は、2025年6月3日に行なわれた大統領選挙でも、候補者の言説や支持層の投票行動という点に顕著に表れている。

 まず、大統領選における三候補――保守系の金文洙(キム・ムンス)(国民の力)と李俊錫(イ・ジュンソク)(改革新党)、そして進歩系の李在明(共に民主党)が、それぞれどのように「女性政策」やフェミニズムに向き合ったのか、その特徴を見てみよう。興味深いのは、三候補の政治的立場が保守と進歩という違いがあるにもかかわらず、いずれも若年男性層の支持を強く意識していた点である。ただし、その対応は大きく異なる。

 金文洙は、尹錫悦政権の「女性家族部の廃止」方針を継承し、出産支援や国家公務員試験などでの兵役加算点制度の復活など、性別役割に基づく政策を提案した。彼自身が「女性は出産、男性は兵役で加点されるべきだ」と発言し、女性の役割を出産に限定するかのような姿勢が批判を招いた。フェミニズムに対する直接的な拒絶発言は確認されていないが、若年男性層の「逆差別」感情に訴えるような政策設計が見られ、保守票の獲得を狙ったと言える。

 一方、李俊錫は、さらに先鋭的な反フェミニズム路線を打ち出した。フェミニズムを「社会を分断する元凶」と位置づけ、女性家族部の「清算」を公約に掲げるなど、若年男性層が抱く根強い「不公平感」や怒りを政治的資源として積極的に動員しようとした。

 保守系候補者に対し、李在明は、女性閣僚比率の引き上げなど象徴的な施策を掲げながらも、選挙戦ではフェミニズムに関する発言を避け、「性別で国民を分断するな」と語るにとどまった。進歩的価値を掲げつつも、若年男性層の反発を恐れて構造的不平等に踏み込まない姿勢は、支持基盤である20代女性層から失望の声も上がった。

 三者の違いは明白だ。保守系の金文洙と李俊錫は、フェミニズムを批判の中心に据え、「逆差別」だと断じるなど、否定的な言葉で繰り返し攻撃した。これに対し、李在明はフェミニズムに関する発言を避け、曖昧な態度に終始した。こうした対応の違いによって、フェミニズムや女性政策は、候補者ごとにまったく異なる扱いを受け、社会の中で認識が分裂した。しかも、本来は深く議論されるべき重要な課題であるにもかかわらず、選挙戦では票を得るための道具として利用されたり、意図的に避けられたりしたのである。

 三候補の対応を受けて、2030世代のジェンダー対立の構図は、彼らの投票行動にも鮮明に反映されている。韓国のテレビ局地上波三社(韓国放送公社、文化放送、ソウル放送)による出口調査〈図1〉によれば、20代男性の37.2%が李俊錫に、36.9%が金文洙に投票しており、結果として20代男性の74.1%が保守系の候補者を支持したことになる。対照的に、李在明への支持は24.0%に過ぎなかった。これに対し、20代女性の58.1%が李在明に投票し、金文洙25.3%、李俊錫10.3%で、保守系候補への支持は35.6%にとどまった。30代男性では、李在明37.9%、金文洙34.5%、李俊錫25.8%と、20代ほどでないにせよ保守系候補への支持は60.3%に達している。30代女性は、李在明57.3%、金文洙31.2%、李俊錫9.3%で、20代女性同様、李在明への支持が保守系を圧倒した。他の世代では、性別による投票行動の差異はこれほど際立っておらず、2030世代の性別による支持の分断は、李在明候補の得票結果にも一定の影響を及ぼしたと言えよう。

2030世代男性の保守化の背景

 尹錫悦大統領による非常戒厳令の発布と、それに対する国会による解除を受けて、2024年12月13日、韓国の名門女子大・梨花女子大学校では急遽、学生総会が開催された。零下の気温が続く極寒の大学構内には、2657人の学生が集まり、投票総数2453票のうち2447人が賛成票を投じ、尹錫悦大統領の弾劾訴追案への賛成が可決された。その模様を報じた学生新聞『梨大学報』は、「あなたの世界を壊しに戻ってきた女性たち」というタイトルを掲げた。この「あなたの世界」とは、男性を中心とする「既存の秩序」、すなわち家父長制的な「公正」や既得権益に対して挑戦しようとした2010年代後半のフェミニズム・リブート運動を意識したものである。『梨大学報』は、尹錫悦政権下でフェミニズムへの敵対的姿勢が強まる中、発言の機会を奪われかけていた若年女性たちが再び公共空間に立ち、声を上げ、行動するという歴史的瞬間を、自らの言葉で記録したのである。

 ところで、「保守化」とは何を指すのだろうか? 有権者に「保守・進歩・中道のどこに属すのか」という直感的な「象徴的イデオロギー」を尋ねるのでは、個人によって基準が異なる。また、「既存の秩序護持」というのではあまりにも抽象的で曖昧である。そこで、ミシガン大学政治学科のクク・スンミン教授は、有権者がどの政策を支持するかでイデオロギーを測定する「機能的イデオロギー」の手法を提唱する。たとえば、新自由主義的な政策である減税や規制緩和、競争原理主義や、排外主義、韓米同盟強化といった政策を支持し、女性に対するクオータ制、包括的差別禁止法、脱原発政策に反対すれば保守的と分類される。政策支持に関する世論調査データを分析すると、2020年代に入ってとくに、20代男性はもっとも保守的な世代、20代女性はもっとも進歩的な世代という男女間の政治的姿勢の断絶という結果が鮮明に浮かび上がる。この傾向はとくに韓国で顕著である(クク・スンミン「20代男性の極右化? 十分な証拠なし」『シサIN』2025年7月9日付記事)。

 カンザス大学社会学科のキム・チャンファン教授もまた、大統領選挙後に実施された有権者意識に関する世論調査をもとに、韓国の若年男性層が他の世代・性別の集団と比べて、能力主義に基づく経済的資源の分配を強く支持し、とくに経済的上位層に属する者ほど、困難な状況にある人々への再分配に否定的な態度を示す傾向が際立っていると指摘する(「青年男性はなぜ保守化したのか」『シサIN』2025年7月17日付記事)。

 この背景には、2000年代以降の韓国社会における構造的変化がある。かつては性別や出身地、学歴などによって教育や就職の機会に大きな格差があったが、2000年代以降、制度的な差別が是正され、誰もが同じ選抜制度に参加できるようになった。こうした「形式的な機会平等」の下では、実際の競争結果は家庭環境や資源の差に大きく左右される。したがって、競争は激化する一方で、経済成長率の鈍化により良質な雇用の絶対数は増えず、若年層は限られた資源をめぐって熾烈な選抜に晒されることとなった。

 この競争構造の中で、女性の高学歴化と制度的な地位向上は、若年男性にとって新たな緊張を生む要因となった。2009年以降、大学進学率において女性が男性を上回り、専門職への進出や就業率の上昇が顕著となる。加えて、軍加算点制度の廃止(2001年)、戸主制の廃止(2005年)、女性家族部の新設(2001年)、クオータ制の導入など、家父長制的な制度や慣行の解体が進展した。これにより、女性たちは労働市場や教育現場において対等な競争相手としての存在感を強めると同時に、恋愛や結婚といったプライベートな関係においても、従来の「男性が主導する家族モデル」を当然と考えなくなり、対等な関係を求める主体へと変化した。

 こうした変化は、若年男性にとって「公正」の意味を逆転させる契機となった。フェミニズムは制度的な性差別の是正を目的として展開されてきたが、若年男性のかなりの割合がこの種の改革を自分たちの立場を脅かすものとして受け止めるようになった。彼らは、弱者に配慮した再分配や構造的差別の是正、ジェンダー平等の推進を、「逆差別」や女性に対する「不当な優遇」として認識し、「公正」の意味を、弱者への配慮ではなく、個人の実力だけで評価される「完全な能力主義」へと逆転させていくのである。

 こうしたアンチ・フェミニズム的な感情は、上位階層から過去に疎外されていた下位層まで巻き込み、若年男性の横断的連帯を形成していく。さらに、2015年に始まったフェミニズム・リブート運動は、制度改革に加え、女性の身体・感情・価値観といった私的領域にまで踏み込んだことでジェンダー間の断絶と分裂を一層深めることとなった。

分断をどう乗り越えるのか

 尹錫悦大統領の弾劾訴追をめぐって、韓国社会に根深く存在していた分断が、2030世代の若年層を中心に顕在化した。なかでもジェンダー間の対立は深刻であり、こうした社会的分断をいかに乗り越えるかという課題に対して、尹錫悦弾劾を導いた市民社会の運動が重要な示唆を与えてくれる。

 保守・極右勢力による弾劾反対の動きとの衝突をともないながらも、尹錫悦大統領の弾劾を求める国民的世論のうねりを形成したのが、2024年12月4日に弾劾訴追運動を開始した市民社会団体の連合体、「尹錫悦即時退陣・社会大改革非常行動(非常行動)」である。

 「非常行動」は、議会や政党を介さず、市民が公共空間に集まり、直接的に政治的意思を表明する「広場」の政治を展開し、新たな市民参加の形を提示した。そこでは、身体をもってその場に「いる」ことが抗議や連帯の手段となり、プラカードや旗、応援棒などの視覚的表現が政治的メッセージと結びつく。多様な異なる立場の市民が対話し、共通の要求を形成することで、従来の制度が拾いきれなかった声が公共の議題として浮上し、公共性の担い手や構造が問い直される場ともなる。

 「非常行動」による「広場」は、誰もが自由に発言し議論に参加できる公共的な対話空間として設けられ、延べ1000万人が集まり、約1030件の発言が行なわれ、その約7割は市民自身の声であった(ヤンイ・ヒョンギョン「尹錫悦大統領弾劾運動と女性」『ユン大統領弾劾の女性パワーに学ぶ集い』2025年7月24日)。そこでは、オープン・マイク形式によって誰もが公平、平等に発言でき、内容は性差別やケアなどの経験に基づく個人的証言から政策提案まで多岐にわたり、制度圏政治に強力に働きかけるものであった。

 「広場」に、もっとも早く、もっとも多く集まったのは、何よりも大切な「推し」の応援棒を手にした2030世代の若年女性たちである。彼女たちは、アンチ・フェミニズム政権の尹錫悦政権の性差別的政策に対して強い怒りを抱き、その怒りを直接的な抗議として広場で表明した。彼女たちの姿は、政権批判にとどまらず、性別による不平等に対する異議申し立てであり、広場を性差別に抗する政治参加の場として位置づける動きでもあった。彼女たちの登場は、既存の市民社会団体の枠組みを超えて、個人が自らの問題意識を行動に移し、政治的な主張として公共の場に示す新しい参加のあり方を示したと言える。

 「非常行動」の核心団体である韓国女性団体連合共同代表のヤンイ・ヒョンギョン氏は、「広場」の政治を「アイデンティティの政治」と意味づける。これは、民族、ジェンダー、性的指向、宗教、障害など、特定のアイデンティティに基づいて、社会的な権利の承認を求める政治活動のことである。差別や抑圧を受けてきた経験を持つことが多いこれらの集団は、共通のアイデンティティを基盤に団結し、社会に訴えかける。そのうえで、多様なアイデンティティを持つ人々が、個々の違いを尊重しながら平等かつ水平的に連帯し、能動的に闘争に参加して、社会制度や価値観の転換を目指す政治活動を展開する。このような政治形態は、単なる抗議や要求を超えて、社会の構造的な変革と、誰もが発言し参加できる公共空間の創出を目指すものとして登場した。

 アイデンティティの政治を体現したのが、南泰嶺(ナムテリョン)の闘いである。2025年2月、尹錫悦政権の農業政策に抗議する農民たちがトラクターで上京する途中、ソウルへの入り口の南泰嶺で警察の車壁に阻まれ、長時間にわたり対峙した。農産物価格保障の欠如や穀物管理法改正の停滞に対する不満は深く、農民は生活の危機を訴えていた。

 農民たちが行く手を阻まれた南泰嶺には、性差別的政策に抗議して「広場」で活動していた2030世代の若年女性たちも駆けつけ、応援棒を手に農民を支援した。彼女たちの参加は、世代や立場を超えた連帯を生み、制度外からの声が交差する広場の政治の実践として、これまで政治や公共の場に関与してこなかった人々が新たにその担い手として登場する契機となった。

 「非常行動」には、韓国の市民社会の多様で広範な分野を網羅する1739もの市民団体が参加し、これらの団体による平等で協働的な連帯が実現された。尹錫悦氏による非常戒厳の発令を契機として結成されたこの市民連合体は、戒厳令の布告から憲法裁判所による弾劾認容・罷免に至るまで124日間、非暴力的で平和な市民運動を展開した。非常行動の構成団体には、労働組合、農民団体、女性団体連合、ケアワーカー団体、環境運動団体、障害者団体、セクシャルマイノリティの支援団体、大学生組織、民主社会のための弁護士会、進歩派市民社会を代表する参与連帯、文化人団体など、韓国市民社会の多様な主体が名を連ねていた。彼らは、尹錫悦退陣を求めるだけでなく、マイノリティや社会的脆弱階層も包摂した多様な市民の声を政策に反映することを掲げ、韓国社会における民主主義・人権・平等の新しい形を模索する運動として社会構造の根本的な変革を目指していた。

 この運動の成果として、社会大改革特別委員会によって、「広場」での市民の声を集約した「社会大改革に向けた12の分野にわたる424項目の社会細分課題」が提案された。なかでも強調された分野が性平等、気候危機、ケアワーク、教育、言論の自由であり、これらは尹錫悦政権下でもっとも軽視され、抑圧されて、制度的に後退したと市民社会が認識していた領域である。これに呼応し、李在明大統領は、政権の国政ビジョンや政策構想において、広場の政治と市民社会の提案を「国政運営5カ年構想」の根幹に据えると明言した。つまり、李在明政権は広場の政治を制度圏政治の再構築に向けた市民的基盤として位置づけ、社会大改革特別委員会の提案をその中核的な参照枠としたのである。ただし、実際に政策にどのように反映されるかは、今後の検証が必要である。

 市民による公共圏の実践は、制度圏の政治や政策に対して現実的かつ持続的な影響を与えた。また、多様性・マイノリティ・アイデンティティを基軸とする「広場」の政治の拡張は、周縁化された声に居場所を与え、韓国社会の分断構造を修復し、より包摂的な民主主義の地平を描くための重要な手がかりとなるであろう。

【付記】本稿執筆にあたり、以下の方々(敬称略)にインタビューを行ない、貴重なご示唆をいただいた。ここに記し、心より感謝申し上げる。ヤンイ・ヒョンギョン(女性団体連合共同代表)、イム・ソニ(同事務局長)、チョン・へウォン(『シサIN』経済国際チーム長)、チョ・ソンジュ(政治発電所常任理事)、イ・ユナ(海洋環境保護団代表/エコフェミニズム活動家)。

横田伸子

(よこた・のぶこ)関西学院大学社会学部教授。ソウル大学校社会科学大学経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。主著に『韓国の都市下層と労働者 労働の非正規化を中心に』(ミネルヴァ書房)(社会政策学会賞奨励賞受賞)など。

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