李在明政権の挑戦

石坂浩一(立教大学兼任講師)
2025/10/07
来日した韓国の李在明大統領。2025年8月13日。the government of the Republic of Korea.

前政権の負の遺産

 韓国の李在明(イジェミョン)大統領が9月11日、就任100日を迎えた。

 国家や軍隊を私物化して人びとの日常をおびやかした尹錫悦(ユンソンニョル)政権が退陣した後に、李在明大統領の使命は何よりも人びとの暮らしを安定させることであった。2017年の文在寅(ムンジェイン)政権と同様に、大統領職の引継ぎ期間を置かずに就任した李在明大統領も、新政権構築に苦心している。

 戒厳令を宣布し、強圧的な政治体制を作ろうとした前政権下では異常が日常化していた。研修医がストライキを行ない医療現場がマヒしても、何ら有効な対策も講じないまま、医療界を非難するだけの政権に、すでに人びとの信頼はなかった。次々と政治的不正が露呈しても、検察の権限でうやむやにしてしまうありさまに、政治不信は頂点に達していた。そうしたさなかで、戒厳を宣布してでも自分たち夫婦の不正を覆い隠し権力を維持しようとしたことは、決定的な墓穴を掘ることになった。

 尹錫悦政権の政治が不条理なものだっただけ、新政権は当たり前の政治を当たり前にすることを求められている。実はそれは簡単なことではない。現実の社会では権力は偏在しており、特権もたやすくは消えないものだからだ。一方で民生の安定を図りつつ改革を進めるとともに、他方で戒厳宣布を通じた内乱の不当性や前政権の不正を解明し、再び権力が乱用されないようなシステムを構築するのが李在明政権に付与された課題であった。

 前政権への追及については、主として国会において与党である共に民主党が担っている。国会の議決により設置された特別検察(特検)は、内乱、金建希(キムゴニ)、海兵隊上等兵殉職事件の三つだが、とりわけ金建希前大統領夫人にまつわる不正は新政権発足後に次々と新しい疑惑が明るみに出て、捜査が急ピッチで進行中だ。日本では、前政権の与党・国民の力への統一教会の政治的支援にまつわる捜査くらいしか報じられていないが、前大統領夫人の一族があまたの不正や投機に手を出しており、多方面で政治を左右していたことも解明されつつある。ブランド品等の授受も数えきれない。こうした不正は普通の人ならば当然、捜査と処罰の対象になっただろうが、夫が検察総長、そして大統領となることで覆い隠されてきた。法に反する行為はこれから当然、処罰されていかねばなるまい。

働く政権

 就任100日に先立ち、京郷新聞は9月9日電子版の記事で、大統領の働きぶりや個性について分析した。李在明政権は8日までに15回の国務会議(閣議)を開き、大統領の冒頭発言は1回あたり1564字だった。これは1週間に1回以上閣議を開いている計算だ。尹錫悦前大統領は就任100日で閣議が7回、1回あたりの冒頭発言は1169字だった。また、SNSでの発信は李大統領が243件だったのに対し、尹前大統領は55件で4倍以上の差があった。もともと国政全般への理解度が低く発言そのものが危ぶまれ、側近が発信を抑え気味だった前大統領に対し、李在明大統領は発信力が強い。その理由は何よりよく働いていることから来ていると思われる。

 李在明大統領みずから「働く政府」を掲げているように就任後、民生問題を中心に次々と政策を打ち出した。6月27日に金融委員会と関係省庁は首都圏や指定された地域での住宅担保貸出の上限額を引下げ、規制を厳しくする不動産対策を発表、翌日から施行した。

 7月4日には31兆ウォンを超える補正予算が国会で通過し、李在明大統領が提案していた消費クーポンの全国民への配布が7月21日から始まり、所得別に1人当たり15万から40万ウォンが9月12日までに支給された。9月22日からは第二次として国民の90%に10万ウォンが追加支給される。使用期限のあるクーポンであるため確実に消費されることになり、大規模スーパーなどでは使用できないように設定することで、中小零細商店、自営業者の生業を支援する方策である。コンビニも本社直営店では使えないが、フランチャイズ店では「消費クーポン使えます」と貼り紙があるのが目に付く。

 9月7日には不動産対策が発表された。今後、1年に27万世帯ずつ、5年間で135万世帯の住宅を分譲するとの計画だが、特に注目されるのは韓国住宅土地公社(LH)が直接分譲する公共分譲方式にしたことだ。この間、LHが宅地を造成しインフラを整備、民間に土地を売って住宅建設から売却までを任せる民間分譲方式が一般的だったが、より経費を節約できる方式に転じた。公共分譲では住宅が売れ残るリスクがあるが、李在明政権は住宅高騰への対策としてこの選択をしたようだ(京郷新聞電子版9月9日)。

 李在明大統領は7月4日、大田(テジョン)で行なわれた忠清道(チュンチョンド)タウンミーティングにおいて、憲法上、ソウルが首都とされていることから大統領室を行政首都の世宗(セジョン)市に移転するのは難しいが、国土の均衡発展の観点から大統領第二執務室や国会を移転することは可能だと述べ、大統領として検討を約束すると明言した(KBSニュース)。

石坂浩一

(いしざか・こういち)立教大学兼任講師。韓国社会論。近著に『韓国市民社会がめざす希望――なぜ戒厳を阻止できたのか』(かもがわ出版)、編著に『現代韓国を知るための61章【第3版】』(明石書店)など。

2025年11月号(最新号)

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