ひび割れから漏れ出る変化の光――韓国「ジェンダー対立」を超えて

春木育美(聖学院大学教授)
2025/10/07
2008年のキャンドルデモ。若い世代による抗議行動が拡大するきっかけとなった。ソウルの清渓広場。

 近年の韓国政治をめぐり、「ジェンダー対立」「若い男性の保守化」「極右的傾向」といった言葉が繰り返し語られている。韓国の若年層におけるジェンダー対立とは、雇用、兵役、フェミニズム、差別認識などをめぐり、感情的・政治的分極化が深まった現象を指す。だが、こうした言説は若者がそれぞれに抱えている不安や怒りを単純化し、複雑で多様な政治意識や変化を見えにくくしている。

 2025年の大統領選前後の政治状況は、ジェンダー対立や若い男性の保守化といった問題を超え、むしろ世代間の断絶を浮き彫りにした。

 6月3日、革新系候補の李在明氏が大統領選に勝利し、翌日、正式に新大統領に就任した。その4週間後に韓国ギャラップが初めて実施した世論調査によると、政権の支持率は64%と、まずまずの船出となった。ただ、40代では79%と高い支持を得ているのに対し、20代以下は44%と半数に達していない。70代以上の45%と較べても低く、現政権への若者の目線は厳しい。この数字の背景には、単純な保守化やフェミニズムへの反発では語りきれない、若者たちの切実な意思表明がみてとれる。

 本稿では、特に韓国の若年世代の政治意識に焦点を当て、これまで可視化されず、ともすれば見過ごされてきた「とりこぼされた声」に耳を傾ける。ジェンダー対立という枠組みでは見えにくい、若者たちの政治的孤立と模索の実態に迫る。

若い女性たちの連帯と抵抗の系譜

 先の大統領選から時計の針を巻き戻して「キャンドルデモ」と呼ばれた大規模集会の変遷を辿りたい。

 2008年5月2日、およそ1万人がソウル清渓広場に集結した。その中心はキャンドルを手にした制服姿の女子中高生であった。彼女たちは学校給食や受験競争といった日常的問題への関心を示しながら、大きな政治課題となっていたアメリカ産牛肉輸入に反対する意思を表明した。

 10代の女性の集会参加は、抗議行動が拡大する契機となった。「キャンドル少女」と呼ばれた彼女たちは、新たなデモ文化を作り出し、新しい政治的主体として注目を浴びた。2008年を象徴する「アイコン」として記号化された一方、しばしば対象化され、その政治的な声は十分に評価されなかった。それでも抗議の灯火は消えず、修学旅行生らが犠牲となった「セウォル号」事故や朴槿恵大統領の退陣要求など社会を揺るがす出来事がおこるたび、新たな薪がくべられるように炎を強めていった。若い女性はそのたびにバトンを引き継ぎ、抗議の場に姿を現しつづけた。

 こうした若い女性たちの行動は、性暴力や盗撮、ディープフェイクなどデジタル性犯罪が相次ぐ状況に対する戦略的な実践と歩調を合わせている。男性優位社会においてミソジニーやアンチフェミニズムに対抗するためには、連帯による抵抗が不可欠だった。

 2024年末、戒厳令を突如として発布した尹錫悦大統領に対し、大統領弾劾をめぐる集会が全国各地で繰り広げられた。集会では、キャンドルの代わりにペンライトが振られ、音楽コンサートさながらの雰囲気が広がった。デモ中継のカメラには20代から30代の女性たちの姿が目立ち、その存在感は際立っていた。若い男性も参加していたが、メディアの関心は女性たちに集中した。こうした報道に対し、筆者がソウルでインタビューした会社員のイ・ヒョンジは、「何をいまさら。私たちはいつだってそこ(集会の場)にいた」と言い放った。周囲の女性たちもいっせいに頷いた。

 2024年12月7日の抗議集会「尹錫悦退陣大邱市国大会」で掲げられたあるプラカードは大きな反響を呼び、瞬く間にSNSで拡散された。そこには、「TKのコンクリートはTKの娘たちによって壊されるだろう。何年かかっても必ず壊れるだろう」と書かれていた。

 「TK」とは、大邱と慶北地域を指す略称である。軍事独裁政権期の朴正煕大統領の出身地で、保守政党の牙城として知られる。「コンクリート」とは、伝統的かつ保守的な価値観に基づいた硬直した支持層を意味する。そして、「娘たち」とは、単に「若い女性」を指すだけではなく、この地域の親世代の旧来の価値観や保守への支持基盤を「娘世代」が打破し変革するという強い意志を表している。

 集会には「私たちは保守の地盤ではない! 私の父の票は私の票で相殺されるだろう。私の母の(保守への)支持は、私の声に埋もれるだろう。保守の心臓は老いて死ぬ」と書いた別のプラカードも掲げられた。その後、「TKのコンクリート、TKの娘が壊す」と書いた手製のプラカードを手にした女性たちの写真が次々とSNSに投稿され、連帯と団結の波が広がっていった。

宗教右派の台頭と若年男性の反動

春木育美

はるき・いくみ 聖学院大学教授。同志社大学大学院博士課程修了(博士・社会学)。主な著書に『韓国社会の現在 超少子化、貧困・孤立化、デジタル化』(中公新書) 、『現代韓国と女性』(新幹社)、共著に『移民大国化する韓国』(明石書店)など多数。

2025年11月号(最新号)

Don't Miss