緊迫するベネズエラ――トランプ政権による軍事挑発の背景

新藤通弘(ラテンアメリカ研究者)
2025/10/07

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 米軍による「麻薬密輸船」の撃沈と関係者殺害が断続的に続き、ベネズエラをめぐる情勢が極めて緊迫している。まず、明確にしておきたいことは、この問題は、話し合いによる解決を呼びかけているのも、国連に問題を提起しているのも、ラテンアメリカ・カリブ海諸国共同体(CELAC)に問題の討議を要請しているのも、緊張が生じている地域も、ベネズエラ側であるということである。すなわち、米国の経済的・政治的意図によるベネズエラの主権と自決権の無視が、この緊張をもたらしているのである。

ベネズエラ麻薬組織の実態

 発端は、本年6月25日に米国司法省が、「ベネズエラの高官や軍関係者が、米国への大量のコカイン密輸を仲介し、『カルテル・デ・ロス・ソレス』を率いている」と発表したことだ。

 だが、「カルテル・デ・ロス・ソレス」については、ピノ・アルラッチ元国連薬物犯罪事務所(UNODC)所長によってその存在が否定され、(Globovisión、8月27日)。また、隣国のコロンビアのペトロ大統領も、その存在を否定している(Telesur、8月25日)。

 トランプ大統領が、しばしば口実として存在を指摘する、「トレンデアラグア」という麻薬マフィアも、ベネズエラの治安機関によって国内では2025年1月には壊滅させられ、最近機密解除された米国情報機関の報告書も、マドゥーロ政権は、同組織の運営を指揮も支援もしていないと結論づけている(Politico、5月25日)。

 国連の報告書も、ベネズエラは麻薬の生産国でも通過地でも加工地でもなく、南米で生産される麻薬の87%はコロンビア、エクアドル、ペルーで生産され、主に太平洋沿岸から流出していると述べている(Telesur、9月1日)。しかし、米国は、太平洋沿岸には艦隊を派遣していない。

マルコ・ルビオの思惑

 虚構の麻薬組織を口実に軍事作戦が行なわれている背景は、政治的には、ベネズエラで今年5月の国会議員・県知事選挙、7月の基礎行政区選挙(市長、市議)で、現政権側が圧勝したことがある。経済的には、ベネズエラ経済が一時のインフレなどの混乱を脱して、高い水準の安定成長を続けていることがある。アメリカに従わないチャベス派の政権がこれ以上強固になる前に、政権を潰そうというものだろう。

 ルビオ国務長官は、トランプ政権の中で「カルテル・デ・ロス・ソレス」疑惑の発案者で、7月25日、マドゥーロ大統領を同組織の「リーダー」だと非難するメディア攻勢を開始した。ルビオ長官は、「マドゥーロはベネズエラの大統領ではなく、その政権は合法的な政府ではない」という挑発的な声明を発表した。

新藤通弘

(しんどう・みちひろ)ラテンアメリカ研究者。1944年生まれ。中央大学文学部史学科卒業。専門はキューバ現代史。キューバ農業経済調査団員、ハバナ大学(キューバ)非常勤講師、アジア・オセアニア研究所(キューバ)非常勤講師を歴任。

2025年11月号(最新号)

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