ルポ 無法労働――非正規公務員の荒野(5)ツケは住民に回される

竹信三恵子(ジャーナリスト、和光大学名誉教授)
2025/10/17

 非正規公務員たちを取材してきて、その訴えに共通のキーワードがあることに気づいた。

  それは、「住民にもうしわけない」という言葉だ。

 「民間企業と違い、利益を度外視して住民を支えられる仕事」と期待して職場にやってきた人々が、公共部門の働き方の劣化の中、住民にツケを回さざるを得ない立場に置かれる。そんな忸怩たる思いが、一線に立たされる非正規公務員の苦境を一段と深刻にしている。

ぶら下げられたゴミ袋

 コロナ禍が急速に拡大した2020年4月、地方の都市で会計年度任用職員として女性相談を担当していたカズヨは、感染防止のためとして窓口にはられたビニールの幕を見つめていた。「ゴミ袋のような」ビニールではない。庁舎内にあった「ゴミ袋そのもの」が、いかにもやる気なげに、そこにぶら下がっていた。これで自分たちの感染は防げるのか。それ以上に、職員がもし感染していた場合、相談に来た住民への感染を防げるのか。そんな心配がこみ上げてきた。

 正規職員はすでにリモートワークを指示され、交代で勤務に就いていた。一方、カズヨたちの窓口にはコロナで自宅待機になった夫からのDV被害に悩む女性たちの訴えが相次ぎ、カズヨらには何の指示もないまま従来通りの窓口勤務が続いていた。

 「安心して働ける感染防止策をお願いします」と言いたかった。だが、男性が多数を占める正規職員たちの間で、女性相談員は、ただでさえ「オトコにたてついて余計なことばかりいう人たち」とみなされている。

 女性相談員たちはみな1年限りの公務員とされる会計年度任用職員で、子どもや老親を抱え、生計を支えている。そんな立場で「まともな感染対策を」と申し入れたりすれば、「うるさいオンナ」として次の更新がなくなり、家族が路頭に迷うのが怖かった。

 現場から見れば、女性相談は住民に不可欠な行政サービスだ。各地でDVによる暴力やストーカー殺人事件がつづく中、一つ対応を間違えれば死につながりかねない。そうした最前線の緊張感が、役所内にはなかなか伝わらない。

 「多様化」が叫ばれ、それを理由に女性相談は生活相談や青少年相談と一括されつつあった。これを束ねるカズヨの上司も男性の正規職員で、女性が抱える問題は「その他の一つ」としか受け止めてくれず、その独自性や重さを理解してもらうことは難しい。正規職員は、2年や3年で定期的に異動するため、専門的な知識を身につけても仕方ない、という空気も伝わってくる。

 DVによって命の危険にさらされ、家庭から逃げ出さざるをえない女性を生活保護などにつなごうとすると、「向こうの課も忙しいんだから」「いろいろ都合もあるし」と、内部的な忖度が先行し、なかなか対応してくれない。

 住民を守らなければという思いに駆られ、上司に正面から意見を言ったこともある。すると、上司は机をたたいて怒ったり、露骨に口をきかなくなったりした。

 やがて、カズヨを不安にさせたゴミ袋は、窓口の感染防止策のずさんさに気づいてくれた市議の指摘でようやくアクリル板の遮蔽スクリーンに変わった。だが、問題は、まだまだ続いた。

そして誰もいなくなった

 住民が役所へ出向いたとき相談・支援にあたる公務員のほとんどは、いまや会計年度任用職員だ(図)。このような仕事の重さにもかかわらず、「意思決定と指揮命令は正規職員」という建前の下で、待遇は低く、モノも言えない。そんな不釣り合いに批判が高まり、2022年10月からは、公務員が加入する共済保険に会計年度任用職員も加入できるよう改善された。

 カズヨも共済組合に加入し、翌年、それまでは受けられなかった人間ドックを受けた。すると、がんが見つかった。それ自体は前進だった。だが、せっかくの発見を生かして治療に専念できる態勢は整備されていなかった。

 入職した際、病気休暇などの福利厚生についてのガイダンスはなく、いきなり職につかされた。1年しか働かないはずの職員だから、そうした必要はないと言わんばかりだった。

 がんが見つかったことを上司に報告したが、助言はなかった。自力で病気休暇があることを突き止め、これに有給休暇を足して休みを取った。

 病気になることを想定しない人事配置も壁になった。カズヨが入院した後、一人残った相談員は黙って退職した。ベテランの会計年度任用職員だったが、負担と責任の重い女性相談を独力で支えなければならなくなった重圧に心が折れたのだろうと思った。

竹信三恵子

(たけのぶ・みえこ)和光大学名誉教授。元朝日新聞記者。NPO法人官製ワーキングプア研究会理事。

2025年11月号(最新号)

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