公務員といえば安定――。そう考える人は少なくないだろう。各種ある「結婚したい人の職業人気ランキング」でも、「公務員」は軒並み最上位に位置づけられている。
だが、非正規公務員の世界に足を踏み入れると、そこには「無法労働」とも見える無保護と不安定が渦巻いている。そんな非正規公務員は自治体で約74万人、国で約15万人。すなわち、一線で公共サービスにあたる公務員の大半が非正規であり、さらにその先に、これに支えられる私たち住民がいる。「そんな身近な隣人」たちの荒野を、虫の目で歩いてみることにした。
始まりは「いつまで働くの?」
2025年5月中旬、私は新緑の山道を高速バスに揺られ、広島県最北端の北広島町に向かっていた。広島駅前から約1時間の山間のこの町で役場の非正規公務員として働き、妊娠を機に仕事を打ち切られたアキコの事件を取材するためだった。
アキコは40代。2018年に1年有期の「臨時職員」として事務関係の職務に就き、2020年度から国が新設した1年有期の公務員「会計年度任用職員」へと職名を変えつつ、5回の更新を経て通算6年間、働いてきた。なお、「任用」とは公共サービスのために人を採用する「行政行為」であり、民間企業での対等な労働契約にもとづく「雇用」とは区別してこの言葉が使われる。この問題については本連載でおいおい触れていきたい。
状況が一変したのは2024年9月、自らの妊娠を知ったアキコが所属課の上司に報告してからだった。それまでは「戸籍制度にも強いので助かる」と上司から言われ、仕事の上での失敗もなく、順調に任用を更新されてきた。町には非常勤職員にも適用される「職員の育児休業等に関する条例」があり、育休は取得できると思っていた。
だが、上司の一声は、「いつまで働くの?」。妊娠したらやめて当たり前と思っていたのかと驚いた。アキコはシングルだ。やめれば収入は途絶える。
気を取り直し、「出産予定日は3月下旬。4月から育休を取りたい。職場に復帰したらまたがんばります」と話した。ところが、続く10月の上司との面談で、上司はこう言った。「会計年度任用職員は4月から3月末までの会計年度で終わる働き方。仕事始めの4月時点で休んでいる人は更新できない」「産後また働きたいのであれば、また一から面接を受ける必要がある。どこの部署で募集が出るかは分からないが」。
「あなたの代わりの人を雇えばその人の賃金の分、負担が増え、税金から出される」「看護師や保育士のような特別な資格があれば囲い込みが必要かもしれないが」とも言われた。6年間の実務で培ってきた熟練とスキルは評価の対象にもされていなかったことに、そのとき気づいた。
まるで後出しジャンケン
それまで、任用を更新するかどうかの面談は年度末が近づいた2月か3月に行なわれてきた。10月の更新打ち切り発言は妊娠の報告が原因としか思えなかった。「地方公務員の育児休業に関する法律」では、育児休業を理由として不利益な取扱いを受けることはないとされている。これは育児休業などを求めたことによる不利益扱いではないのかと疑問を持ち、町としての見解を聞きたいと、アキコは総務課に説明を求めた。すると、なぜか再び直属上司が対応し、「妊娠や育休が問題なのではなく、『トータルな勤務態度』に問題があった」と、理由を変えてきた。
「勤務態度の問題って何ですか」と聞くと、「勤務中に他の部署に行って長く話をしていたり離席していたりすることがあった」「決まった曜日に休んでほしかったのに休む曜日がまちまちだった」「夏の服装に露出が多かった」「交通費は自宅から役場までの分が支給されているのに、たまに違う場所から出勤していたのは不正ではないか」などと言われた。
だが、勤務中に他の部署に打ち合わせに行くことは職場の円滑な意思疎通のためでもあり、正規職員もやっている。休む曜日がまちまちだったのは、正規職員にはある妊婦健診のための特別休暇制度が、会計任用職員には説明がなく、自力で工夫して妊婦健診の時間をひねり出してきたからだ。これについて注意を受けたこともない。後出しジャンケンのような理由付けによって、自力で懸命に工夫してきた努力を否定された気がした。
「夏の服装」については、「クールビズ」の一環としてノースリーブでも働いていいかと総務課員に確認し、問題ないと言われていた。交通費に至っては、個人のプライバシーを監視されているようで、薄気味悪かった。
民間企業なら、労働契約法によって短期契約を反復更新して通算5年を超えると無期化の権利が発生する。それならアキコも対抗できたはずだ。だが公務員は、「雇用」ではなく「任用」であるため労働契約法の対象にならない。
産休までが、「任用」の終わる3月末まで、と言われた。産休は、法律で産前6週間、産後8週間とされているから、普通なら5月下旬までは取得できるはずだ。出産手当金も、アキコから問い合わせてようやく書類が届いた。任期が終わる3月末には健康保険証も返せと言われた。これでは4月から母子ともに困窮する。
「会計年度」という1年ポッキリの働かせ方を盾にとり、都合のいい時は「再任用」として働かせつづけ、妊娠・出産となると捨てる。「少子化対策」を叫んできた行政が、率先して少子化を促進しているような気がした。
機能しない救済機関
町のウェブサイトには、基本理念として「“ホッと”できる環境で、子どもが“すくすく”育つまち」が掲げられている。会計年度任用職員だろうがシングルだろうが、アキコも町民であり納税者だ。人口減少が続くこの町にとって出産は歓迎されるべきことでもあるはずだ。アキコは、役場の外の公的救済機関を探し始めた。
民間の労働者には、労働組合をつくる権利である「団結権」、労組を通じて雇い主と集団で交渉できる「団体交渉権」、ストライキなどの手段で会社や社会に働きかけることができる「団体行動権」が労働基本権として保障されている。公務員は、公共に奉仕するための「任用」であることを理由にストライキなどその一部が制限されている。
ただ、その「代償措置」として、国の公務員には中立的な第三者機関の人事院があり、給与についての勧告や不利益処分などについての公平審査を行なう。自治体公務員も、処遇に不服があったときなどは「人事委員会」や「公平委員会」に持ちんで審理を受けられる。アキコはこうした機関に問い合わせてみた。
だが、人事委員会は都道府県と政令都市などにしか設けられておらず、「県の人事委員会が労働基準の監督権を行使する対象は県職員だけ」と言われた。町に問い合わせてはくれたものの、「育休が理由の雇い止めはしていない」と回答された。公平委員会も、設置されているのはいくつかの市だけだ。それ以外の自治体では首長が労働基準について監督権を行使することになっているとも言われた。職員の労働条件を宰領する町長が、労働基準監督の役割を果たすというのでは、社長が労基署を兼務しているようなものではないのか、と思った。
それ以上に、もし審理に入ることができたとしても、会計年度任用職員は年度末になれば職員としての資格を失うため、そこで審理が打ち切りとなる可能性がある。身分保障がある正規職員を基準に制度ができているため、非正規が利用しようとすると絵に描いた餅になりがちな現実が見えてきた。
頼みの綱は労働組合だが、町の職員労組は会計年度任用職員が加入できる規定ができておらず、役員から「困った時になって急に助けてほしいと来られても……」と言われた。
2月に入り、アキコは先行きに焦りを抱き始めた。このままでは年度末が来て保険証も使えなくなる。4月からの再就職先を見つけようにも、出産したばかりの体で仕事を探すことも難しく、ハローワークに問い合わせた時は職員から「人ごみで病気がうつるといけないから子どもは連れてこないで」と言われたこともある。任用を打ち切られれば働いていないとみなされ、保育園の入園も不利になる。
八方ふさがりの中、子どもの父である男性が見かねて結婚を提案し、アキコは受け入れた。男性は、「勤め先の会社には男性の育休もできたから、生まれたら自分も育休を取って協力する」と励ましてくれた。3月下旬、無事に元気な赤ちゃんが生まれた。だが、その1週間後の年度末、アキコは仕事を失った。
「もともと彼との結婚が嫌だったわけではない。自分が納得し、結婚してもいいと思える時期になったら、と考えていた。女性も経済的に自立して子育てできる社会になっていると思っていたのに、不当な仕事の打ち切りで自分の生き方を捻じ曲げられ、『困ったら男性に頼れ』と強制されたような気がした。それがくやしい」とアキコは言う。
国の非正規でも
悩んだアキコは、救済を求めて地元紙にも相談していた。東京の私たちがこの事件を知ったのは、2024年12月、同紙の記者から、非正規公務員の当事者ネットワーク「非正規公務員voices」に、類似の事例はないかと取材が入ったことがきっかけだった。
私は、新聞記者として20年ほど前から非正規公務員の理不尽な状況をめぐって取材してきた。1年の任用という建前の下で、好きなだけ利用して好きな時に任用不更新で切り捨てる非正規公務員の在り方は、男性にとっても問題だが、「妊産婦切り」が特に問題なのは、非正規公務員の大半が女性だからだ。
総務省の2024年度調査では、自治体の会計年度任用職員は全国で約66万人、その4分の3は女性だ。内閣人事局2022年調査によると、国の非正規公務員15万人のうち、1年有期の期間業務職員は4万人近くを占め、やはりその8割近くが女性だ。妊娠したら、期限が切れるまで放置すれば育休をとらせずに済むこの仕組みを、私は「マタハラの制度化」と呼んできた。
「voices」で活動する元会計年度任用職員の藍野美佳らと協力して、ラインやズーム、電話などで私たちは東京から情報収集を始めた。
北広島町の総務課に電話すると、課長は「今回は勤務態度による更新打ち切りであって、妊娠による不利益扱いではない。町長も了解している」と答えた。
「6年も任用を繰り返してきたということは、妊娠した2024年から急に勤務態度が悪くなったということか」と聞くと、「前からその傾向はあったが、妊娠で来年度から出勤できなくなるということもきっかけだったので」と言葉を濁した。それは「妊娠を理由にした不利益扱い」ではないのか。
同じころ、「voices」には、国の1年有期の「期間業務職員」のイクコからも、酷似した相談が舞い込んだ。
イクコは地方都市にある国の出先機関で1年任用を2回繰り返し、約3年働いてきた。アキコと同じく2024年9月、妊娠を報告すると、来年度の更新はできないと言われた。直属の上司からは「勤務評価は良好だが更新の時期の年度末に妊娠出産が引っかかってきたことが障害になった。時期が悪かった」と説明されたという。ところがその後、「勤務条件等の変更によって広く公募する必要が出てきたから」と理由が変わった。仕事内容などが変わったわけではなく、人を取り換える理由としては弱すぎる。妊娠を理由にした任用打ち切りはアウトだと知って、理由を変えた可能性がある。
東京からの省庁交渉
2つの相談を受け、「voices」は、2025年1月、この問題に関心をもっていた福島瑞穂参議院議員の仲介で、関係省庁と交渉した。自治体を所管する総務省は、「自治体の判断なので指導は難しい」と回答。「国の職員である基幹業務職員については担当省庁に責任があるはず」と迫った末、この省庁は「公募は止められないが、面接を受けてみてほしい」と回答した。
イクコは臨月に入っていたため、なんとかズームで面接を受け、3月末になって採用通知が舞い込んだ。4月中旬に無事出産し、健康保険証の返納も免れ、産休・育休も取れた。薄氷の再任用だった。だが、来年度の更新はわからない。「会計年度の1年任用」という原則が、なお腰を据えているからだ。
相次ぐ妊産婦切りについての相談に、「voices」は、その実態をつかもうと、2025年3月、「非正規公務員妊娠出産に関するアンケート」を開始した。約1週間で、過去の事例も含めて14件の体験が寄せられ、引き続き、そのホームページなどでアンケートへの参加を呼び掛けている。それらの体験に共通するのは、なおも続く短期の任用を利用した使い捨て的な扱いだった。
とはいえ、人事院の調査(2023年)では、国の非常勤職員のうち294人が育休を取っている。また、9割以上の自治体が条例を改正し、育休を取った会計年度任用職員もいる。北広島町も育休条例が制定されており、町によると2人の会計年度任用職員が育休を取得していた。1人は事務職で2023年1月12日から5月31日まで育休を取り、6月から復職していまも働きつづけている。
2人目は、資格職の女性で2020年1月1日から2021年3月31日の間取得し、翌年度から本人の都合で退職したという。この女性は年度が始まる2020年4月の時点で育休中だったから、「会計年度任用職員は年度初めの4月から働ける人」という条件には関係なく利用していたことになる。また、看護師や保育士のような囲い込みが必要な資格職でないと取れないというわけでもない。
それでは、取得組とアイコやイクコのような拒否組の違いは何なのか。非正規公務員の女性は、どのような条件が整えば安心して出産ができるのか。東京からの情報収集を超えて広島にまで足を運んだのは、関係者と直接、膝を突き合わせることで、その謎を解けるかもしれないと思ったからだった。
「夫の傘」に引き戻すシステム
現地調査には、「voices」の藍野に同行を依頼した。藍野は同県竹原市で2020年度まで会計年度任用職員としてDV相談にあたり、その働き方についても、地域の実情についても詳しかったからだ。
自身も過酷なDV被害に遭い、シングルマザーとなっていた藍野は、そうした女性たちを支援したいとDV相談員の職を選んだ。だが、正規職にDV支援や家庭相談などの職務はなく、不安定で低賃金の会計年度任用職員として働くしかなかった。子ども3人との生活を担い、生活費を補うためにダブルワークをしながら、四六時中気を抜けないDV支援を続けた。そうした中、ついに過労で自損事故を起こし、このままではもたないと、東京の困窮女性支援の仕事に転職した。
そんな藍野が明るい表情で語るのは、竹原時代の市職員労組の10年ほど前の思い出だ。そこでは非常勤部会が立ち上げられ、非正規か正規かにかかわらず、法定の6週間を超えて8週間の産前休暇を交渉で獲得した。正規職員の女性が自身の出産体験をもとに、非正規にとってもそれが必須であることを切々と訴えてくれた。
「待遇こそ悪かったけれど、職場の仲間は最高だった。納得のいく仕事ができたのはそのおかげ」という藍野の紹介で、5月の取材の際に立ち寄った竹原市で、当時の労組の仲間たちが集まってくれた。
三好正伸委員長は、正規職員の先輩が、理不尽な過重労働で苦しむのを見てきた。自身も労組活動と職務との二重負担の中で「これは危ない」と感じたことがある。「組合がなければ歯止めをかけられない。そのためには、正規、非正規かかわりなく参加することで交渉力をつけることが不可欠。非正規を特に意識したわけではない」と言った。
三好は、「とはいえ、自治体労組が非正規の支援を十分にできるかというと、そう簡単ではない」とも打ち明けた。「1年で任期が形式的に切られてしまう会計年度任用職員の仕組みの壁もあるし、『管理運営事項』の壁もある」「おかしい評価があれば『勤務条件』として交渉を通じて改善できると思うが、立証が難しい」。
「管理運営事項」とは、「国の事務の管理及び運営に関する事項」で、「(労組との)交渉の対象とすることができない」(国家公務員法108条)とされている。人事評価を給与に反映させる場合、それが「管理運営事項」なのか、労組との交渉対象である「勤務労働条件」なのかは、これまで重要な問題になってきた(2011年3月、総務省「地方公共団体における人事評価制度の運用に関する研究会報告書」)。
翌日、足を運んだ北広島町役場の総務課で、私はその意味を実感した。「電話では、女性が雇止めになったのは妊娠のせいではなく、勤務態度が理由ということだったが、どのような勤務態度が問題だったのか」と聞くと、課長は、服装でも交通費でもなく、「他の職場に出向いて話をしていたことです」と答えた。
「他の部署に行って話をするなんて正規の職員も含めて誰でもやること。それで任用打ち切りとは重すぎないか」と聞くと「そういうことをする職員はいないと思う」と答えた。会計年度任用職員についての客観的な評価基準については「課題だが、まだ手が回っていなかった」という。
課長はまた、「会計年度任用職員は1年の会計年度で仕事は終わるという原則なので、複数回の更新を前提とした『雇い止め』というそちらの表現は適切ではないのでは」とも言った。
これまで育休を取った女性たちと、今回の女性とはどこが違うのかは、結局わからなかった。ただ、仮に上司が「妊娠したら退職して夫の傘の下に入るもの」と思い込んで育休を認めなかった場合、職員が育休法違反と抗弁すると、役所は理由を「勤務態度」に変え、その妥当性を追及されたら「管理運営事項」と突っぱねることが、制度上、不可能ではないことはわかった。それが「会計年度限りで任用される職員」であれば、年度末なのだから自然にいなくなって当然、という形で闇に葬ることは、そう難しくない。
「問題の『勤務態度』とは、他の部署に行って話をしていたことだそうです」と報告すると、アキコは絶句した。
「それだけのことで、私は出産後の生計の不安に悩まされ続け、離職票には『任用の更新を求めたが受け入れられなかった』と私に問題があるかのように書かれ、次の仕事もまだ見つからず、結婚の時期さえ自分で選べない状態に追い込まれたんですね」
このようなシステムがどのようにして形成されたのか。次回はその現場を追いたい。(文中敬称略、カタカナの名前は仮名)