難民とは誰か 入管の誤断(下)──保護すべき者を保護しない人びと

神田和則(元TBSテレビ社会部長)
2025/05/07
東京入管

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 保護すべき者を確実に保護する――2年前、入管法改定案の国会審議にあたり、当時の斎藤健法相や出入国在留管理庁(入管庁)が再三、強調した言葉だ。しかし、アフリカ出身の40代男性パトリック(仮名)は、入管の難民審査で3回にわたり不認定とされた。その判断を裁判で争い、昨年、東京地裁で勝訴。最初の難民申請から16年が経っていた。

 これほど難民性が明らかなケースで、なぜ入管は判断を誤りつづけたのか。

明らかな記憶違いを放置

 アフリカのある国で、野党支援者として独裁政権に反対する活動を続けてきたパトリックは、2008年、軍によって4度目の拘束をされ、「政治犯拷問施設」に収容されたが、亡父の知人の手助けで脱出、ブローカーの仲介を経てパスポートと日本のビザを得て、来日した(難民とは誰か 入管の誤断(上)──迫害からの脱出参照)。

 2009年2月、パトリックは日本で1度目の難民認定を申請する。

 日本の難民認定の手続きは、まず、一次審査で難民調査官(以下、調査官)が調査にあたり、そこで不認定となった場合、申請者に不服があれば二次審査を求めることができる。第三者の立場から入管の判断をチェックする役割を担う難民審査参与員(以下、参与員)が審査して意見を述べ、法務大臣が結論を出す。それでも不認定ならば裁判で争うことができる。

 難民申請したパトリックは2010年5月、東京入国管理局(現・東京出入国在留管理局、以下東京入管)の調査官から話を聞かれた。間には英語の通訳が入った。

 この時の供述調書が筆者の手もとにある。それを読んで疑問に思うのは、パトリックが明らかに記憶違いの供述をしているにもかかわらず、この段階で調査官が何も指摘していないことだ。

 詳しく説明したい。

 拷問施設を脱出したパトリックがブローカー経由でパスポートを得たのは2008年7月。したがって、彼の拘束はそれ以前でなければならない。だが、彼は拘束の時期を「8月」と答えている。調査官に提出したパスポート自体に「発行日 2008年7月15日」と明記されているので、これは単純な記憶違いでしかない。しかし、調査官は何もたださずに聴取を続行する。なぜ一言、「違っていませんか」と聞かなかったのだろうか。それどころか、調査官は誤った答えを前提に、「2008年8月の(4度目の拘束の)件について説明してください」と質問してさえいる。

 実は、この一見ささいなミスがその後のパトリックの人生に大きく影響する。パトリックは「信用できない人」という〝烙印〟を押されてしまうのだ。

 裁判で代理人を務めた渡辺彰悟弁護士が語る。

 「2年前のことを尋ねられれば、誰だって勘違いはあり得る。難民かどうかの審査は、本来は難民を救うための手続きなのだから、最初に間違えた時に、調査官が『あなた、それでいいの?』と釈明の機会を与えさえすればよかった。逆に調査官が誤りに気づいていないのなら準備不足としか言いようがない」

 2010年9月、結果が出た。難民不認定だった。通知書には「理由」として次のように書かれていた。

 「あなたの供述には不自然・不合理な点が認められることからすれば、当該申し立ての信用性に疑義があります」

 どこが「不自然・不合理」なのかは具体的に示されていない。「理由」はさらに続く。

 「仮にあなたの申し立ての一部に事実が含まれていたとしても、野党(政党の略称)は国会において議席を有する合法政党であること、あなたの活動内容は、野党への支持や投票を呼び掛けた程度にとどまること、自己名義旅券の発給を受けて本国を出国したことなどを考慮すれば、当該事情を理由に難民条約上の迫害を受ける具体的・客観的危険性があるとは認められません」

 ここに書かれている、「合法政党」「一定程度の活動をしただけ」「自分名義の旅券の発給を受けて出国」は、入管が難民性を否定する際の常套句だ。しかし、だからと言って迫害を受けないと断定する理由にはならない。

 パトリックは後に東京地裁の原告本人尋問で、入管側の「あなたの活動は野党への支持や投票を呼び掛けた程度」という主張に、こう反論している。

 「野党のリーダーを逮捕すると、ニュースが世界中に伝わって政権は批判を受けるので、(むしろ)支援者を標的にするのです」

 まったく「不自然・不合理」ではない。現に、パトリックが勝訴した東京地裁判決も、「野党党員だけでなく、その支持者等も拘束の対象となるなど、合法政党であることやサポーターの立場をもって政府に殊更注視されることはないというものではない」と指摘している。

 だが、釈明の機会も与えられないまま、いったん「不自然・不合理」と下した評価を入管が改めることはなかった。

表1

神田和則

(かんだ・かずのり)元TBSテレビ社会部長。現在はフリー記者として難民、入管問題を取材。

2025年6月号(最新号)

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