Journalism × Academism
【特集】不戦の100年へ
田中優子(法政大学名誉教授)君島東彦(立命館大学)三上智恵(映画監督)吉田敏浩(ジャーナリスト)
戦争がない、という日常がどれほど大切なことか。いま、切実に感じられる。
ミサイルが飛んでこない。爆撃機が爆弾を落としてこない。子どもたちが外国軍に殺されることもなく、故郷が焼け野原にされることも、家を失うこともない。戦争のもたらす恐怖と悲しみと憎しみの中で生きなくてよい。
そのような日々が、日本では80年間、続いた。
それはかつて、日本がアジア各国で行なった侵略と植民地支配への反省にもとづき、戦争の惨禍を再び繰り返さないことを誓い、その証として軍備放棄を宣言した平和憲法のもとで実現した、不戦の80年間であった。
それが今、明日にも崩れるかもしれない局面を迎えている。
不戦の100年への1日1日を、今日から積み重ねていくために、特集する。
鹿児島県沖永良部島での日米合同訓練「アイアン・フィスト」に参加する自衛隊の水陸機動団隊員。2025年2月27日。共同
田中優子:法政大学名誉教授。編集工学研究所イシス編集学校学長。法政大学社会学部教授、社会学部長、総長を歴任。専門は日本近世文化・アジア比較文化。著書に『昭和問答』(共著、岩波書店)『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(文藝春秋)など。
(本文より)近頃、2人の人から別々に、同じ言葉を聞いた。「トランプ大統領は戦争が嫌いなんです」と。
1人は高名な評論家で、もう1人は大手新聞社の記者だった。評論家さんの方は続けて「トランプとプーチンが停戦しようと言っているんだからゼレンスキーは従うべきだ」と言った。記者さんの方は私が「ではなぜトランプはイスラエルの戦争に肩入れしているのか?」と問うたのだが、トランプの娘婿の話と国内のユダヤ人支持者たちの話をするだけだった。それは誰でも知っている。
私がこの言葉に引っかかったのは、わざわざ言うほどの「意味のある言葉なのか?」という疑問を持ったからだ。「戦争が嫌い」という大統領の好き嫌い問題は、戦争が起きない、起こさない、もし戦争が起こりそうになったら断固反対する、という現実につながるのか? もしつながるのであれば、おおいに意味のある言葉だが、その現実に無関係ならば、何の意味もない。
意味がないのに言った動機は「僕はトランプが好きだ」という告白なのだろう。トランプが好きな日本人はたいてい、強者や権威が好きな男性である。
権力者が戦争を好まないなら戦争は起きないのか? という問題に戻ろう。戦争は好みで起こるのではない。利益追求の果てに起こる。だからトランプのような商人は最も戦争の起爆剤として効果的に働く。記者さんは「トランプ大統領は戦争が嫌いなんです」に続けて、「戦争は商取引にとっては邪魔ですから」と言ったが、そんなことはない。トランプは日本にもっと武器を売ろうとしている。武器は工業製品であり、高額商品だ。
アメリカは原爆を落とした後、日本に「核の平和利用」という宣伝文句を携えて原子力発電を売りにきた。そして見事に成功した。沖縄を占領している間にベトナムと戦争し、米軍基地を撤退できないほどに整え、返還後は「思いやり予算」をもらってそのまま駐留した。いよいよ日米安保条約で日本が守ってもらえそうな「台湾有事」が迫ると、米軍は撤退の準備を進めている。それらはすべて、戦争が好きか嫌いかではなく、利益追求の最も効率的な方法をとっているだけなのだ。アメリカは誰が大統領になろうと、結局、利益追求だけに関心がある。そして、ベトナムや中東やアフガニスタンで、戦争そのものは損失になる、と学んだ結果、他国に戦争をさせて儲ける道を選んだ。それが今、である。日本はその金儲けの手段にされている。・・・
自衛隊那覇基地に待機するF15戦闘機
君島東彦:立命館大学国際関係学部特命教授、国際平和ミュージアム館長。元日本平和学会会長。専門は憲法学、平和学。1958年生まれ。早稲田大学法学部・法学研究科、シカゴ大学ロースクール、アメリカン大学大学院国際関係研究科で学ぶ。2007年から毎年ノーベル平和賞の候補者を推薦。共著に『平和をめぐる14の論点』(法律文化社)、『戦争ではなく平和の準備を』(地平社)など。
ポツダム宣言の受諾によって大日本帝国が崩壊して80年が経った。この大きな節目にあたって、日本の立憲平和主義の俯瞰的な議論、根源的なとらえ直しを試みたい。
安保法制成立から10年、安保3文書改定から3年が経過した現在、日本の立憲平和主義の現状をどう見たらよいだろうか。中国外交が欧米列強および日本に圧迫された「屈辱の近代」を乗り越えようとする側面を強く表現する中で、日米は軍事的抑止力強化で対応しようとしている。そのため日本の立憲平和主義は後退を余儀なくされている。いま日本の立憲平和主義の活路はどこにあるのだろうか。
沖縄県の米軍北部訓練場のジャングル戦闘訓練センターで、ジャングル訓練をする米第3海兵隊。2025年3月7日。Photo by U.S. Marine Corps photo by Lance Cpl. Weston Brown
三上智恵:ジャーナリスト、映画監督。東京生まれ。1987年毎日放送にアナウンサーとして入社。95年琉球朝日放送の開局時に沖縄へ移住。映画作品に『標的の村』『沖縄スパイ戦史』など。著書に『証言・沖縄スパイ戦史』『戦雲 要塞化する沖縄、島々の記録』(ともに集英社新書)など。
(本文より)「3月にアメリカのヘグセス国防長官と日本の中谷防衛大臣が会談して『自衛隊は戦争の最前線に立つ』と国防長官が明言し、中谷大臣はこの会談は成功だったと言いましたね。防衛省の皆さん、皆さんがやっていること、どういうことかわかりますか。自衛隊員の命をアメリカに売り渡したんだよ、お前たち。あなたたちは事務職で前線に立たないかもしれないけど、これはやめてください。自衛隊を売り渡したようなものなんですよ。自衛隊は今まで専守防衛に徹して国民から信頼されてきた。しかし今は、アメリカのために戦争する軍隊に変わってしまったんですよ。少なくとも元のように、最低、専守防衛には戻してください。内閣府、および外務省も、日本が戦争に協力することはやめてください!」
非常に強い物言いだった。聞いているスーツ姿の各省庁の役人たちは、凍りついたように動かなかった。これは6月6日に衆議院議員会館で行なわれた「戦争止めよう! 沖縄・西日本ネットワーク」(以後、沖西ネット)という団体の政府交渉の一場面だ。発言者は共同代表で、沖縄で遺骨収集ボランティアをしている具志堅隆松さん。彼を描いたドキュメンタリーはすでに10作を超え、活動はよく知られた人なので、もはや説明は野暮だが、5月に若い日本軍兵士の全身遺骨を糸満市で発掘したばかりの具志堅さんにとっては、なぜ戦後処理も終わらぬうちに新たな戦没者を出すような国になったのかと怒りが収まらないのだ。・・・
吉田敏浩:ジャーナリスト。1957年大分県生まれ。『横田空域』(角川新書)、『日米戦争同盟』(河出書房新社)、『日米安保と砂川判決の黒い霧』(彩流社)、『「日米合同委員会」の研究──謎の権力構造の正体に迫る』(創元社)、『追跡! 謎の日米合同委員会』(毎日新聞出版)、『ルポ 戦争協力拒否』、『ルポ 軍事優先社会──暮らしの中の「戦争準備」』(共に岩波新書)など著書多数。
(本文より) 今年6月8日、陸上自衛隊の実弾射撃演習「富士総合火力演習」が、東富士演習場(静岡県御殿場市など)であり、敵基地・敵国攻撃能力を持つ車両搭載式の長射程ミサイル、12式地対艦誘導弾能力向上型(射程約1000キロ、対地攻撃も可能)と島嶼防衛用高速滑空弾早期装備型(射程約900キロ、対地攻撃用)が初めて展示された。共に三菱重工が開発・量産する。すでに発射試験も行なわれ、今年度中に配備の予定だ。
自衛隊が誇示するこれら長射程ミサイルこそ、「戦争をする国」に変貌しつつある日本の現在を象徴している。岸田前政権が2022年、他国を先制攻撃もできる長射程ミサイル(射程1000キロ前後~3000キロ)保有を主とする攻撃志向の「国家安全保障戦略」など「安保3文書」を閣議決定。以来、「専守防衛」を踏みにじる違憲の大軍拡、米日軍事一体化、戦争準備が石破政権下でも進む。・・・
・・・(中略)だが、自衛隊が事実上米軍の指揮下に置かれたら、実質的には統帥権をアメリカが握り、別のかたちの「統帥権の独立」状態が生じてしまう。米軍主導の米日軍事一体化の「聖域」が築かれ、自衛隊は事実上、憲法の枠外に出て、文民統制も効かなくなる。まさに外国軍隊による主権の侵害であり、独立国にあるまじき事態だ。主権在民の憲法にも反する。
これでは仮に台湾有事が起きた場合、日本は主権国家として独自の判断ができないまま、アメリカの戦争に引き込まれ、多大な戦禍をこうむってしまう。かつて軍部の「統帥権の独立」により戦争・破局へと引きずられた、あの昭和史の二の舞いを別のかたちで踏みかねない。
米日軍事一体化の本質は、米軍への自衛隊の従属的一体化だ。「安保3文書」による大軍拡、軍事費膨張の国策がもたらす軍事優先は、本質的には米軍優先、アメリカ第一にほかならない。日本にとって主権なき一体化といえる。