失われた海

武本匡弘(プロダイバー、NPO法人気候危機対策ネットワーク代表)
2025/03/03
海岸プラスチックごみ。石垣島。写真はすべて筆者提供。

 ゴツン、ガリガリガリ……。航行中の夜の海で、何かが船にあたり、浮遊物に付着するフジツボや貝類などが船底をこするような音に驚きました。エンジン音がしない帆船なので、なおさらその音は船全体に響いてきます。

 ここは日本から1500キロほど離れた洋上。ここからさらに3000キロほど離れたマーシャル諸島を目指す太平洋探査帆船Velvet Moon号は、気候変動の影響などを探査する目的で航海をしていました。

 風だけで走るヨットを自分で操船して航海するこの「太平洋航海プロジェクト」は、同じ志を持つ環境活動家の仲間たちを乗せ、自分の目で海の現状を目撃する経験をしてもらいたいという目的で始めました。10年ほど前から毎年航海を行ない、その4回目の遠洋航海でのことでした。

 急に浮遊ゴミが増えたと思ったとたん、漁具であるプラスチックの浮き球(ブイ)を一日中、目にするようになりました。夜の航行中には避けようがなく、ゴツンゴツンと船体にあたりはじめたのです。これはあとでわかったのですが、ちょうど北太平洋ゴミベルト(注1)の端にあたる海域でのことでした。

 この海域のゴミの発生源の最多は日本。約75%が漁業由来ということもわかりました(注2)。

 さらに、上陸した島の海岸にはプラスチックゴミが山のように打ち上げられていました。中でもぎょっとするのは漁網が多いことです。もしこれが航行中の船のスクリューに絡まったら一大事、まるで「海の凶器」です。

 海洋プラスチック問題は単なる海洋汚染ではありません。化石燃料由来で作られた漁具などのゴミが、船舶やヒトなどだけでなく、海棲生物や海鳥などにも深刻な被害を与えていることを、私たちは目撃しています。

海の変容

 私は、今から46年前に沖縄の海で、はじめてスクーバによる潜水を体験し、サンゴ礁の広がる水中を目にしました。ブルーウォーターの海底一面に広がる造礁サンゴ、乱舞する色とりどりの熱帯魚たち、それらは陸では存在しないような鮮やかなトロピカルカラーに彩られ、「絵にも描けない美しさ」という表現がぴったりの光景で、まさに運命的な経験となりました。それから現在まで、国内外でさまざまな海で潜ってきました。最初の20年間は、どこに行っても生物多様性に富んだ素晴らしい海を見ることができました。

 しかし後半の二十数年間における海洋環境は、地球規模でのサンゴや海藻類などの消失が加速し、その原因は地球温暖化による海水温の上昇と共に、魚類の摂餌行動の変化が起きたり、汚染などによる環境変化に強い生き物だけが生き残るという種の偏り、そして海の酸性化など複合的です。

 また、漁業の近代化にともない大型の漁船が国際水域までいくようになり乱獲がすすみ、1950年代からの約50年間で食用魚類の九割がいなくなったといわれています(注3)。実際、どこで潜っていても「海は空っぽになってしまった」と思うほどその姿は激烈な変容をみせました。

 海からのサインは、私たちに地球環境全体が「ただならぬ状況」になりつつあるということを教えてくれていたのですが、当時どれだけの人たちが、この危機を知らせるサインに耳を傾けたでしょう。

 今では40年前に見た海中の風景はもう見られません。

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武本匡弘

(たけもと・まさひろ)プロダイバー、環境活動家、NPO法人気候危機対策ネットワーク代表。1985年ダイビング会社設立、2015年、事業を譲渡し、独りの「環境活動家」としての活動を開始。

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