世界で深刻化するプラスチックによる環境汚染に対処するため、2022年3月の国連環境総会で、法的拘束力のある国際条約「プラスチック条約」(Plastic Treaty)を2024年末までに制定することが決議された。
その後、条約策定のための政府間交渉委員会(INC:Intergovernmental Negotiating Committee)が、ウルグアイ、ナイロビ、パリ、オタワで計4回開催され、5回目となるINC5が昨年11月25日から12月1日にかけて、韓国・釜山で開かれた。
170カ国以上が集まった今回のINCでは条約内容の合意を目指していたが、活発な議論がなされた一方、国家間の意見の隔たりも大きく、条約制定は次回へと持ち越しとなった。
この原稿では、プラスチック条約INCのルイス・バジャス議長による最終提案を軸に、あらためてプラスチック問題とプラスチック条約について整理する。なお、本稿で言及している「プラスチック条約」の条文や議論は、今回の第5回INCで最終的に議長から提案された素案であり、残念ながら全参加国の合意にはいたっていないものの、INCでの議論が反映されたものである。
1 国際プラスチック条約
プラスチック条約は全32条からなり、第1条の「目的」で、「人の健康と環境を、海洋を含むプラスチック汚染から守るための条約であること」が明確に述べられている。人の健康影響、生産・消費・リサイクル・最終処分までの全過程(ライフサイクル)での汚染を防止するための条約という点が、日本政府の従来の認識と大きく異なる点に注意を払う必要がある。そもそもプラスチックの定義についても、この条約では、ポリマーだけでなく添加剤、非意図的生成化学物質、モノマーも含めたものとしており、日本政府のスタンスよりかなり広範である。この点をみても、プラスチック汚染を化学物質問題として捉えるという、国際的な考え方が反映されている。
また、条約の第3章では、規制対象プラスチックとして、A:環境に漏出しやすく人の環境へのリスクの高いプラスチック、B:人の健康と環境に有害な影響が懸念される化学物質を含むプラスチック、C:再使用、リサイクルされないように作られたプラスチック、D:サーキュラーエコノミーを阻害する製品、E:意図的に添加されたマイクロプラスチックを含む製品の五種を挙げている。具体的な製品や化学物質については付属書にリストアップされ、そのリストアップの方法も提案されている。
現状で付属書にリストアップされている製品は、各種使い捨てプラスチック、特に発泡スチロール製食品容器、酸化型分解性プラスチックである。さらに、フタル酸エステル類とビスフェノールAを含む子ども用おもちゃなども記載されている。その上で第六条では、プラスチック全般の生産量・消費量を削減することが提案されている。
以下、この条文を踏まえて、あらためてプラスチック問題を概観し、対策を論じたい。
2 プラスチック汚染と汚染メカニズム
■有害物質の「運び屋」――海をただようプラスチック
世界のプラスチック生産量は2020年代には年間4億6000万トンを超え、1950年の200倍に達した。これらのプラスチックの一部が廃棄物管理(収集、リサイクル、埋立、焼却)から漏れ、環境に漏出している。
プラスチックのポリマーは軽いため、雨が降ると洗い流され、川を流れ、最後は海に流入する。大きなプラスチックごみは風や海流で流されやすく、数百キロから数千キロ運ばれることもある。たとえば、長崎県・五島列島の海岸に漂着するプラスチックごみには中国、台湾、韓国製のものが多く見られ、一方、日本のプラスチックごみはハワイやアメリカ西海岸に漂着している。このような国境を越えたプラスチックの長距離輸送が、いま、世界が国際的なプラスチック条約の制定を目指す理由の一つである。
プラスチックごみはまた、紫外線による微細化を受けながら表面流出で水域に運ばれ、海洋表層、さらには堆積物の汚染を引き起こす。廃棄物管理から漏出したプラスチックは、浮いて海を漂っている間や、海岸に打ち上げられている間に、紫外線や波の力などでぼろぼろになり、微細なプラスチック、すなわちマイクロプラスチック(5ミリ以下の大きさのプラスチック)となる。これらのプラスチックは、紫外線によるさらなる劣化は起こっても、生物が取り込んでも、消化・同化・分解できずに残りつづけ、いま、世界では50兆個以上ものマイクロプラスチックが海を漂っていると推定されている。さらに、海底には海中よりも遙かに多いプラスチックが溜まっている。これは東京湾でも皇居の濠でも起こっていることだ。皇居の濠の泥の分析からは、江戸時代に溜まった層には当然、プラスチックは含まれていないが、1950年代にはプラスチック汚染が始まり、2000年代にはその数十倍に汚染が進行していることが明らかになっている(注1)。まさに、人類の痕跡が地層に刻まれた「人新世」の象徴である。
マイクロプラスチックがさらに微細化し、1ミリの1000分の1以下の大きさになったものは、ナノプラスチックと呼ばれる。プラスチックがナノサイズまで劣化するということは、ポリマーがオリゴマー、モノマーまで分解する可能性を示唆している。
ゴミとなって環境中に排出されたプラスチック以外にも、マイクロプラスチックの発生源はさまざまある。例えば、プラスチックの中間材料であるレジンペレット(3ミリ程度のプラスチックの粒)は、プラスチック製品の生産の工程で漏出し、世界中の海岸に流れ着く。小笠原、イースター島、ガラパゴス島、ハワイ島、セントヘレナ島、北極圏のスヴァールバル諸島、亜南極海の孤島マコーリ島などの離島からも検出されており、こうした離島に漂着しているレジンペレットの多くに有害な添加剤が含まれていることも明らかになっている(Matsunaga et al., 2025)。つまり、プラスチックが有害化学物質の国境を越えた「運び屋」になっているのだ。これもプラスチック条約制定を急ぐ大きな理由の一つである。
■家庭からの発生源
マイクロプラスチックの発生源は、日常の中にも多く見られる。例えば、化粧品や洗顔剤に配合されている小さなプラスチック製の磨き粉(マイクロビーズ)が海で見つかっているが、こうした日常で使用する製品中に意図的に配合されるマイクロプラスチックについても、プラスチック条約では規制対象製品としてリストアップしている。