気候変動時代のいま、「循環型社会」が謳われる一方で、循環できないプラスチック製品が増えつづけている。
そのなかでも今後も普及が予測されているのが人工芝だ。メンテナンスの手間がかからず、水も肥料も不要、手軽に「緑化」できるとされている人工芝は、日本ではスポーツ施設のみならず、校庭や保育園・幼稚園の園庭、家庭の庭などで使われている。しかし、その「偽物の緑地」は、マイクロプラスチック(5ミリ以下のプラスチック、以下マイクロプラ)と有害化学物質の温床になっている。
人工芝の歴史
人工芝は、もともとは室内での軽い運動用に開発されたカーペットだ。それが1966年、米テキサス州のドーム球場に敷かれることになった。当初、その球場には天然芝が敷かれていたが、半透明の屋根から入る太陽光でフライボールが見えにくいことから、屋根が塗装された。すると、光が入らなくなり、芝が枯れてしまった。そこでモンサント社製のカーペット(人工芝)が敷かれたのだ。
その後、人工芝は各地の球場で使われるようになった。初期の人工芝は短いナイロン糸が下地の布に打ち込まれたもので、クッション製はほとんどなく、選手の膝や足腰への負担が大きかった。そのため、芝糸(パイル)のすき間に砂やゴムチップを埋め込むなどの改良が重ねられ、その結果生まれたのが、第二世代の人工芝といわれる「砂入り型」と、そこからさらに進化した「ロングパイル」(図)と呼ばれる第三世代の人工芝である。

現在、砂入り型はテニスコートなどに、ロングパイルは野球場やサッカー場などに使われているが、何も充填しないタイプも含め、人工芝はスポーツ施設の枠を超えて広がっている。
人工芝はマイクロプラの一大発生源
海岸などで見かけるプラスチックの破片に、人工芝由来のものが多いことは以前から知られていた。環境関連の調査を手がけるピリカの調査でも、人工芝片は海岸などで見つかるマイクロプラの25%を占めている。それら人工芝片の多くはスポーツ用ではなく、家庭の玄関マットなどに使われるものだ。玄関マットの人工芝とスポーツ施設の人工芝は製造方法も形状もまったく異なるが、細いパイルを屋外で踏みつけるという点は共通している。
玄関マットの破片のほうが海岸などでよく目立つが、スポーツ用人工芝のパイルからもマイクロプラが大量に発生している。しかも、ロングパイル人工芝には、5~7センチのパイルのすき間に砂とゴムチップが充填される。このゴムチップは1~3ミリ程度の粒状で選手の靴や靴下に付着したり、雨で流されたりして場外へ散逸するため、毎年補充される。ゴムチップが使われ始めた当初は、廃タイヤを破砕して作ったリサイクル品が多かったが、化学物質などを含むその有害性が知られるようになってからは、他の合成ゴムや弾力性のある樹脂で作ったゴムチップも増えてきた。いずれもマイクロプラであるのは同じで、生物や環境への有害性も大きくは変わらない。そのため、EUでは「意図的添加のマイクロプラ」として、ゴムチップの販売が2031年から禁止される。
環境省の試算によると、人工芝から発生したマイクロプラのうち1年間で海洋まで流れ着く量はパイルが240トン、ゴムチップが最大2700トンだ。だが、これは発生量のごく1部に過ぎず、海までたどり着かないものは土壌などに蓄積すると考えられている。
環境省は人工芝から発生するマイクロプラは予防できると考え、流出防止対策をするよう自治体などに呼びかけている。しかし、側溝や集水桝に金網やフィルターを取り付けても、捕捉できるマイクロプラは発生量の5%未満にすぎない(東京都多摩市の事例)。大半は風で飛散したり、雨水と一緒にフィルターの目をくぐり抜けたりして、環境中へ流出する。
早稲田大学の大河内博教授によると、人工芝からは大気中にもマイクロプラが放出されている可能性は高いという。大気中のマイクロプラは小さすぎて由来のわからないものばかりだが、人工芝と同じ種類の樹脂はすでに見つかっているという。
京都大学の田中周平准教授も、太陽光を浴びた人工芝は2~4年でしなやかさがなくなると話す。「おそらく屋外では2年から4年使って、弱くなってきたときに、大気中の微小プラスチックの濃度が急に上がる時期が来ると思う(1)」とのことだ。