国際協調の失敗?――プラスチック条約交渉の経過

小池宏隆(環境活動家)
2025/03/02
国際プラスチック条約にむけた第5回政府間交渉委員会が開かれた日、会場の外でスピーチするNGOスタッフや市民ら。2024年11月29。韓国・釜山。ヨンチャップ ニュース エイジェンシー/共同通信イメージズ

 2024年は環境外交にとって忙しく、難しい年であった。年末にかけ、生物多様性条約(CBD)、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)、砂漠化対処条約(CCD)という「リオ三条約」の締約国会議(COP)が連続開催。その合間に、国際プラスチック条約にむけた第5回政府間交渉委員会(INC5)が、2024年11月25日から12月1日にかけて韓国の釜山で開催された。

 生物多様性条約のCOP16では資金に関して合意できずに再開会合が決まり、気候変動枠組条約のCOP29は合意できたものの、その決め方と中身について懸念が呈され、本稿の主題であるINC5では条約の合意に至らず、INC5.2への持ち越しが決まった。

 欧米のメディアは、INC5での合意未達を「失敗」と評したが、筆者はむしろ、野心的な内容を求めるステークホルダーが交渉の方向性を示し、本当の「失敗」を避けたINCだったと考える。

プラスチックという課題

 地球沸騰化時代と言われる今日、プラスチックは、世界の温室効果ガス排出の3.4%を占める。2020年の日本の排出量は世界の3.2%で、プラスチックからの排出量はそれより大きい。「Business as Usual」(BAU=従来のまま)シナリオでは、プラの生産量は2050年までに3倍以上に増加するとされ、これは世界の気温上昇を1.5℃未満に抑えるという目標の下で残っている炭素予算(カーボンバジェット)の30%ほどを占める。

 プラスチックはその便利さから生活や企業活動のあらゆる場面で利用されているため、環境被害は深刻となっている。プラスチックは生産(上流)から流通・使用(中流)を経て、廃棄物処理(下流)に至るすべての過程で汚染を引き起こす。この背景を踏まえ、国連環境総会で、国際プラスチック条約策定プロセスの開始が決定された。

INC5での議論と成果

 前回交渉(INC4)では、INC3で作成されたものの肥大化していた交渉草案の整理統合を進め、意見の隔たりが少ない分野で進展が見られた。

 INC3以降、①懸念のある化学物質や製品設計等の基準、②資金等の実施手段について追加的議論の場が持たれたのだが、交渉草案が70頁を超えるなど、このままではINC5での合意は困難との認識が共有されていた。

 そこで、議長は独自の交渉促進案として、「議長ノンペーパー」(非公式な議長提案、以下CNP)として交渉草案の簡素化を提案。オンライン会合や代表団長会合などを通じて意見収集し、条約の目次のみであったCNP第1版(CNP1)から、各条文概略を含むCNP2、さらに合意がある分野では条文案を含むCNP3へと改定を重ねた。

 昨年12月のINC5では、条約のCNP3を交渉の土台とすることが原則として受け入れられて、条約策定に向けた作業の完了を目指して、交渉が開始された。

 交渉5日目にはCNP4が提示され、さらに最終日、議長からCNP5が提案されたが支持を得られず、結果としてINC5.2の開催が決定した。INC5.2では、CNP5を交渉の出発点とし、ひきつづき条文案すべてが交渉対象であることを確認して休会となった。

 最終的な条文案の策定に向けて進展はあったものの、次の3点の対立は解消されなかった。

①使い捨て製品や特定化学物質を含む製品の禁止(第3条)
②プラスチック生産規制(第6条)
③先進国から途上国への資金支援(第11条)

 もちろん、「すべてが合意されるまで何も合意されていない」原則があり、最も合意が進みそうであった「廃棄物管理」(8条)でさえ紛糾している。だが、今後を決める要となるのはこの「3-6-11条」のバランスをどうとるのかであることは間違いない。

 欧州、アフリカ、島嶼国は3条と6条に積極的である一方、産油国や発展途上国が消極的である。他方、11条については、先進国が消極的姿勢を示しており、新基金設立等について途上国との間で隔たりがある。

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小池宏隆

(こいけ・ひろたか)持続可能な社会に向けたジャパンユースプラットフォーム設立。子どもと若者の国連メジャーグループ国際コーディネーター、地球環境戦略研究機関(IGES)政策研究員、国連アジア太平洋経済社会委員会(UN−ESCAP)、グリーンピース・ジャパンシニア政策渉外担当を歴任。現在新規団体立ち上げ準備中。本誌創刊号(2024年7月号)に「脱プラスチック社会へ――国際社会の動きと日本政府」を寄稿。

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