【連載】ルポ 消えたい子どもたち──生きたいと思える社会へ(第3回)終われないヤングケアラー

樋田敦子(ルポライター)
2025/02/05

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 「もしかしたら、あなたもケアラー? ヤングケアラー?」―─。そんな文字が躍るパステルカラーのパンフレットを見て、山口大輔さん(40歳、仮名)は首をひねった。そこには「こんな人がケアラーです」「ヤングケアラーはこんな子どもたちです」と、事例が32通り書かれていた。

 「どれも当てはまらないなあ」

 ここ10年ほどで日本でも認知されてきたヤングケアラーとは、高齢、障害、病気等で援助を必要としている家族などを無償で介護、看護する、18歳未満の人を指す。1990年代前半にイギリスの子どもケアの関係者の間でこの言葉が使われだし、2020年、埼玉県がヤングケアラー支援の条例を全国で初めて制定した。21年公表の「ヤングケアラーの実態に関する調査研究」(三菱UFJリサーチ・コンサルティング)によれば、世話をしている家族が「いる」と回答した子どもの割合は、公立中学2年生で17人に1人。世話を始めた年齢は平均9.9歳だという。

 山口さんはすでにヤングケアラーの定義に当てはまる年齢ではないが、現在も続く30年以上のケアラーだ。その対象は、発達障害のある、ひと回り以上も上の兄と姉。かれらの「見守り」をして、一日中家にいる。無職だ。

 関東地方に生まれた山口さんは、両親と兄、姉の5人家族で、父親は自営業、母親はパートで働いていた。兄と姉は高校を卒業後の会社勤めがうまくいかず、兄は父親を手伝い、姉は家に引きこもるようになった。

 「もともと父は強権的で、家族を支配するようなところがある。兄は良い子であることを強いられ、教育虐待にも遭っていたようです。家の仕事を手伝うようになると、暴言はさらにエスカレートし、兄自身も家庭内暴力や奇声を発するなどの変化が出てきました」

 ロングヘア、黒いパンツに黒のニットロングカーディガンとマフラー。携帯電話を持たず、パソコンもやらない。入ってくる情報は、新聞、雑誌とテレビ、ラジオのいわゆるオールドメディアからだが、知的好奇心が強く世間の状況をなんでもよく知っていて、それに対する自分の意見もはっきり表明できる。社会問題への関心も高い。

 ただし、「僕が」「私は」という主語がないことが気になった。「どうして」「なぜなんだろう」と自分のことになると言葉にできない、説明できないことも多かった。

 大きくなるにつれて、兄姉同様、山口さんにも父親の人格否定発言が続いた。

 「俺の息子ならこんなに成績が悪いはずはない。お前の母親と、ほかの男との間にできた子に違いない。出来損ない」

 冷たい言葉が容赦なく飛んだ。

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樋田敦子

(ひだ・あつこ)ルポライター。明治大学法学部卒業後、新聞記者生活を経てフリーランスに。著書に『コロナと女性の貧困』『東大を出たあの子は幸せになったのか』(大和書房)。最新刊は構成を担当した『貧困・孤立からコモンズへ』(太郎次郎社エディタス)。

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