フィリピンへの眼差し――加害の忘却と上から目線の危うさ

日下 渉(東京外国語大学大学院教授)
2026/09/03
日本によるフィリピン占領下、オリエンタル・ミンドロ州カラパンを装備した日本兵が歩いている。1942年3月22日付『サンデー・トリビューン』(マニラ)より。

 近年、日本では、フィリピンが世界有数の「親日国」だと語られる。フィリピンでの世論調査でも、日本への信頼度は高い。その背景には、中国の海洋進出に対し、両国が協力関係を強化してきたこともあろう。フィリピンは、1992年の在比米軍基地の撤退後、南シナ海(西フィリピン海)の排他的経済水域内で、中国による実効支配拡大の脅威に直面してきた。中国に対して、ASEANを通じた対話、国際法を通じた牽制、対中接近による自制の要請などを試みてきたが、いずれもうまくいかなかった。しかも、アメリカは有事の際に頼りになるか不明だ。それゆえ、フィリピンは日本をはじめとする多国間協力を強化してきたのだ。

 木場紗綾(2023)は、フィリピンでの災害救援の際に自衛隊の法的地位を定める必要性が認識されたこと、フィリピンの政策エリートが日本を「害のないパートナー」と評価してきたことも、日比協力の促進要因だと論じる。そして、日比関係は、世論の反対が少ない人道支援・災害救援・能力構築を中心に進んでいくだろうと予測した。実際、日本はODAの円借款による巡視船の供与や海上保安能力向上など、非軍事的領域で支援を実施し、人道支援や災害援助も重視してきた。

 だが近年、日比協力関係が、より軍事色の強いものへと急速に変化している。2023年、日本政府は「同志国」に対し防衛装備品の供与やインフラ整備を無償で提供する「政府安全保障能力強化支援」(OSA)の制度を構築し、沿岸監視レーダー等を供与した。2026年には、2011年以来の「戦略的パートナーシップ」を「包括的・戦略的パートナーシップ」へ格上げした。また防衛装備移転三原則と運用指針を閣議決定で変更し、殺傷能力のある武器の輸出を可能にした。その第1号として、護衛艦の輸出が見込まれている。

 柴田直治(2026)は、こうした傾向に懸念を示す。日本の首相は日比関係を「同盟に近いパートナー」「最も緊密な同志国」、メディアは「準同盟」などと表現するが、これらの言葉の含意は明らかではない。「同盟」は、有事の際の軍事的な相互扶助と理解できる。だが「準同盟」のもと、南シナ海における中比艦船の小競り合いが偶発的に激化した場合、そしてもし米軍が動いた場合、日本がどこまで対応するのかなどをめぐって不明点が多く、国会でも議論がなされていないというのだ。その懸念はもっともだ。ただし、本稿はより広く、フィリピンへの日本の眼差しそのものに対しても懸念を提示したい。

沈黙させられた戦争記憶

日下 渉

(くさか・わたる)東京外国語大学大学院教授。博士(比較社会文化)。専門は、フィリピン地域研究、政治学。著書に、『フィリピン 強権を求めた「新生」への希望』(岩波新書)、『反市民の政治学』(法政大学出版局)など。

2026年9月号(最新号)

Magazine cover with a white rabbit illustration, peach-to-teal gradient, and bold vertical Japanese text on both sides.