〈移行期正義(Transitional Justice)〉……過去に大きな不正や人権侵害があった社会が、真実を追求して責任の所在を明確にすると共に、分断された社会の和解をめざし、より良い未来を築くために行なうプロセスのこと。
これまでの記事はこちら(連載:台湾・麗しの島〈ふぉるもさ〉だより)
亡者が戻る日、無縁仏を迎える
生のすぐとなりに死の世界がある。台湾で暮らしているとよく感じる。台湾に生きる人々がとてもエネルギッシュなのは、「死」が生をより際立たせているからか、とも思う。
とりわけ、毎年旧暦7月(2025年は8月2三日~9月21日)にはその感じが強くなる。鬼月と呼ばれるこの1カ月、この世と地獄を隔てる門がひらいてあの世から亡者たちが戻ってくるからだ。華語では幽霊のことを「鬼(グイ)」というので、この1カ月は「鬼月(グイユエ)」と呼ばれている。
日本でいうお盆みたいなものだが、先祖たちの霊を迎える日本のお盆に対し、こちらで迎えるのは無縁仏、つまり身寄りのない亡者たちである。台湾では親しみを込めて彼らを「好兄弟(ハオションディー)」というが、好兄弟はイタズラ好きで、悪さをすることもあるという。だから、ひとびとの多くは鬼月に結婚式や引っ越し、不動産を買うのを避けて慎ましく暮らし、好兄弟の気を引かないようにする。また、外に洗濯ものを干さない、夜に口笛を吹かない、海で泳がないなど小さなタブーもいろいろある。
旧暦7月15日の「中元節*」には一年でもっとも盛大な供養(拜拜(パイパイ)という)をして、この世に戻っている好兄弟をもてなす。大量の缶詰やお菓子、果物といった食べ物を用意するのは先祖や神様に向けたいつもの拜拜と同じだが、中元節には特別に、さまよい疲れた好兄弟が身づくろいしてさっぱりできるよう真新しい濡れタオルと水を張った洗面器、鏡や櫛も用意する。こうした「中元普渡」(中元節の拜拜)は会社やビルごとに行なうことが多く、そのころ台湾の街を歩くことがあれば、路上のあちこちに豪華な祭壇を見かけるだろう。身を焼くような太陽の光と対照的な黒い濃い影のもと、備えられた中元の祭壇からは線香の煙がもうもうとたちのぼり、焼かれた冥銭の燃えかすが舞う。最近は歯磨き粉や歯ブラシ、美顔パックまで供えることもある。まるで生きた人間に対するような想像のふくらみに、見えずともそこにある死を感じずにはいられない。
*道教の最高神・玉皇大帝には3人の兄弟がおり、「中元」は三兄弟の中のひとり、地官大帝の誕生日に当たる。地官大帝は身寄りのない寂しい魂をあわれにおもい、「自分の誕生日は祝わなくていいから、無縁仏の魂を祀りなさい」と言ったことから中元普渡の拜拜は現在の形を取るようになったと言われる。
炎上したあるCM
そんな鬼月は小売業の稼ぎ時でもあり、各スーパーでは様々な商戦が繰り広げられるが、ある年の鬼月に話題となった全国チェーンの「全聯スーパー」のテレビCMシリーズがあった。
その中の一本に登場したのは、黒猫を抱いて台湾語(≠台湾華語)を話す青年である。青年はこんな風にカメラの前で話す。
「最初は何か思惑があるんだろうと思っていたけれど、一年一年と経つうちに分かってきました。この世には本当に善良な人々がいるんですね。飲み物もごちそうもテーブルに並んでこの子(黒猫)のぶんまで……“好兄弟”や“好姉妹”を代表して皆さんに御礼を言います」
そこで彼はすでに亡くなっていて、中元節の施餓鬼を受ける「鬼」とわかる。後ろには鏡があり、その端っこには赤い字で「民国70年」と書かれている。この「民国70年」に注目が集まり、この青年は白色テロ被害者とされる天才数学者の「陳文成」ではとネットで話題が沸騰。スーパーの広告が政治的であるのはけしからんと炎上し、CMはすぐに打ち切りとなってしまった。