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いくつもの詩の響き合う場
〈フォルモーサ〉と呼ばれるこの島は、不思議な世界遍歴の場である。16世紀に海上から発せられたポルトガル語の声の響きが変容しながら定着したこの島の名の謎めいた由来が暗示するように、ルーツを異にするさまざまな力線がこの島で交じりあい、魅惑的なスペクトラムをつくりだす。だからこの島に住むことは、政治的・社会的文脈で「台湾」と呼ばれてしまう地理的に限定されたイメージをはるかに超える、越境的で重層的な「世界体験」をしばしばもたらしてくれる。もちろんそれは、私自身が、ここに居て狭義の「台湾経験」だけを求めてはいない、という個人的な事情にも関わっているかもしれない。私はどこにいても、自分自身の存在を国籍や言語で自己限定してしまうことを避けてきた。そしてその反作用として、自分がそのとき住んでいる場所の属性を常識的な枠組みのなかで判断することからもたえず自由になろうとしてきたからである。
毎年2月初旬に行なわれている「台北國際書展」Taipei International Book Exhibition は、書物を媒介にした、そんな世界遍歴の一つの入口である。会場となった世界貿易センターの大きなイベントホールには、台湾の特色ある出版社および世界各国の書籍販売のブースや展示スペースが所狭しと並び壮観を呈していた。今年のテーマ国であるイタリアをはじめ、フランス、イギリス、ドイツ、ベルギー、スペイン、チェコ、ポーランド、インド、タイ、香港、韓国、日本などの海外ブースがひしめき、それぞれのブースの間にはいくつものサロンが設けられて、時間刻みで様々なイベントやトークが催される。あるサロンでは、台湾でスペイン語書籍の刊行を続けているユニークな出版社CATAY(佳台書店)による新刊記念イベントがあり、台湾在住20年ほどにもなるバルセロナ出身の詩人ラチッド・ラマルティ(葉汐帆)の新詩集『福爾摩莎(フォルモーサ)詩選』Poemas formorsanos のスペイン語‐華語による2言語朗読会があった。