【連載】ルポ 最貧国と気候正義(第1回)チャド共和国 加速する貧困とテロ

井田徹治(共同通信社編集委員兼論説委員)
2025/03/05
洪水で浸水した農地の近くに暮らす被災者(チャド西部)。筆者提供

 2024年10月末、数カ月に及ぶ準備作業のあとに降り立ったアフリカの貧困国、チャド共和国の空気は緊張に包まれていた。首都ンジャメナの路上には銃を抱えた多くの兵士の姿があり、路上を軍の車両が頻繁に行き来する。ホテル近くの空港からは早朝から深夜まで軍の輸送機などが轟音を立てて離発着する。

 数日前、チャド湖の近くにあるチャド軍の施設が、イスラム系武装組織ボコ・ハラムとみられる武装勢力の激しい襲撃を受け、40人を超える国軍の兵士が殺されるという事件があったからだ。チャドのマハマト・デビ大統領は「テロ組織を根絶する」との声明を出し、大規模な対テロ作戦に乗り出すことを表明していた。日本の大使館からは「渡航を見合わせるように」とのメールが届いていた。

 だが、環境破壊と貧困が深刻なチャドでは近年、気候変動の影響が顕著になっている。チャドは、環境破壊の現場に足を運ぶことをライフワークとしてきた記者として一度は訪れたいと考えていた国の一つだった。

 チャドはアフリカ北部サハラ砂漠南端の「サヘル地域」に位置する国の一つだ。面積は128・4万平方キロと日本の3倍以上だが、国土の半分以上は砂漠気候の土地で、人口は1700万人余りと少ない。1960年の独立以降、内戦やクーデターが相次ぎ、現在の大統領の父イドリス・デビ氏は内戦の視察中に命を落としている。

 チャドは「失敗国家」の一つとされるほど不安定な政情が長く続いたことで貧困が深刻化し、国際的には最貧国の一つとして知られる。国連開発計画(UNDP)によると、健康や教育、水やエネルギーなどの生活水準などから算定する「人間開発指数(HDI)」の2022年版では191カ国中190位と最低レベルである。ちなみにHDIのワーストランキングにはニジェール、マリ、ブルキナファソなどサヘル地域の国々が多く名を連ねる。

 サヘル地域では近年、クーデターなどによって治安が悪化し、ボコ・ハラムなどテロ組織による反政府活動が活発化している。チャドでは2023年に新憲法が公布され、24年5月にはマハマト・デビ氏が大統領に就任するなどサヘル地域の中では比較的政情は安定しているが、テロ組織との戦いは国の重要な課題だ。

被災者200万人

 テロ戦争さなかのチャドは、2024年の8月から10月にかけて、西部のチャド湖周辺を中心にかつてない規模の洪水に襲われた。チャド湖につながるシャリ川とロゴーヌ川の水位は8メートル以上も高くなり、周辺に大規模な洪水被害をもたらした。 

 洪水によって9月30日までに190万ヘクタールの農地が水没し、7万2000頭の家畜が死んだ。ユニセフによると、10月15日の段階で被災者は約200万人、死者は576人とされているが、被災者の数はその後も増えたと考えられている。被害からの復興は手つかずで、200万人を超える膨大な数の被災者が、限られた生活の糧が得られる場所を求めて移動する「国内避難民」(IDP)となった。治安は悪化し、そこにつけ込んだテロ集団の活動が活発化する。取材に訪れたときのチャドはそんな状況下にあった。

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井田徹治

(いだ・てつじ)共同通信社編集委員兼論説委員。環境・開発問題をライフワークとして世界各国での環境破壊や貧困の現場、問題の解決に取り組む人々の姿を報告してきた。著書に『生物多様性とは何か』(岩波新書)ほか。

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