対抗するラテンアメリカ——新たな社会像への模索

後藤政子(神奈川大学名誉教授)
2026/05/07
Woman applying lipstick while looking at her reflection in a mirror in a dimly lit room thought to be a dressing area
トランプ政権の圧力により原油輸入が途絶え、キューバでは停電が頻発する。パン屋の店員ヤイマラ・オファリルは、ハバナで仕事に出かける準備をしている。キューバではあらゆる階層の人々が終わりの見えない停電や食料、燃料、交通費の高騰に苦しんでいる。2026年1月30日。Norlys Perez/REUTERS/共同

 世界が多極化し、米国の国際的ヘゲモニーが衰退するなかで、トランプ大統領にとって、ラテンアメリカ・カリブ海諸国(以下、ラテンアメリカ)は「確保すべき最後の領域」なのであろう。

 しかし、ラテンアメリカでは米国と距離を置く中道左派政権が拡大し、「米国離れ」が進んでいる。これに対しトランプは軍事介入を辞さない構えであり、その結果、さらに「米国離れ」が加速化するという悪循環に陥っている。

 一方、中国のプレゼンスの拡大に対しても、米国の経済界は中国の経済力の向上の表れとみなし、それを前提に経済活動を進めているが、パナマ運河問題にもみられるようにトランプの拒否反応は強い。

 米国の国際的ヘゲモニーの衰退は経済力の後退の反映でもある。MAGAを掲げるトランプが今後、どのような挙にでるのか。ラテンアメリカ諸国の警戒心は高まっている。

頭をもたげるモンロー主義

 大統領選挙中には「ラテンアメリカのことは何も知らない」と公言していたトランプであるが、2025年1月の大統領就任式の宣誓演説で、バイデン前大統領が置き土産として打ち出した「キューバに対するテロ支援国家の指定解除」を撤回し、中国がパナマ運河の運営に関わっているとして「運河の奪還」を宣言した。

 これを受けて、パナマ最高裁は本年1月29日、香港に拠点をもつCKハチソン傘下の子会社であるパナマ・ポーツ・カンパニー(PPC)が所有する太平洋側のバルボア港と大西洋側のクリストバル港の運営権を違憲とする判決を下し、ホセ・ラウル・ムリーノ大統領は両港を接収した。

 2月2日にルビオ国務長官がパナマを訪問すると、ムリーノ大統領は2017年に中国と交わした一帯一路構想に関する覚書の自動更新を停止した。その後、バルボア港とクリストバル港の運営権は暫定的に、すなわち、18カ月間という期限付きで、世界トップクラスのコンテナ輸送会社であるデンマークのマースク社の子会社APMターミナルに移された。

 パナマ運河の主な港には、このほかにマンサニージョなど三港あるが、これらの運営は米国、香港、台湾、シンガポールの企業が担っている。中国系企業が握るパナマ運河の運営権は実際には40%だが、トランプは90%と主張している。

 CKハチソンは港湾サービスから通信業に至るまで広範な事業を展開する国際コングロマリットであり、運営する港湾は24カ国、53カ所に及ぶ。バルボア、クリストバル両港には1997年に進出し、契約は2021年に自動更新されていた。

 中国はラテンアメリカには1990年代末から貿易や資源開発を中心に進出し、そのプレゼンスは今日ではほぼ全域に及んでいる。貿易や資源開発が中心であることは今も変わりないが、2015年に「中国・CELAC(ラテンアメリカ・カリブ海共同体)フォーラム」が設立されると、製造業や通信・サービス業などへの直接投資にも乗り出した。

 なお、CELACは、米州機構(OAS)が米国の影響下に置かれているとして、2011年12月に米国とカナダを除外し、ラテンアメリカ諸国(33カ国)だけで結成された地域組織である。

 ラテンアメリカで中国との経済関係がとくに緊密なのは、米国の厳しい制裁にさらされているキューバとベネズエラである。現在、キューバに適用されている制裁法は「1996年キューバの自由と民主的連帯法」(Cuban Liberty and Democratic Solidarity(Libertad)Act of 1996)である。立案者の名をとり、「ヘルムズ・バートン法」とも呼ばれているが、「世界一厳しい制裁法」と言われ、フランスのラテンアメリカ史研究者サリム・ラムラニは「一分の隙もなく、緻密に作られており、これではキューバは何もできない」と評している(1)。また、「世界レベルの制裁法」とも言われているように、例えばヨーロッパの企業がキューバと何らかの経済取引を行なえば、高額な罰金を課されるだけではなく、米国との貿易や投資も禁止される。

(1) Salim Lamrani,“The Economic War Against Cuba: A Historical and Legal Perspective on the U.S. Blockade”, Monthly Review Press, 2013.

 2017年に第一次トランプ政権が発足すると、新たに243の制裁措置が導入され、米国市民の渡航や送金の制限、軍の関連企業との貿易や投資も禁止された。第二次トランプ政権下では、経済封鎖は「かつてなく」と形容されるほどに激化し、ベネズエラ沖ではキューバに向かうタンカーが拿捕され、貧しい漁民がテロリストとしてミサイル攻撃されるなどした。ディアス・カネル大統領は2026年3月26日にメキシコのホルナダ紙とのインタビューで、年初来、一滴の石油も入っていないと語っている。米国艦船の妨害をかわし、ようやく10万トンのロシア産原油が到着したのは3月31日である。

 米国の対ラテンアメリカ政策の基本理念は、西半球においては自国と異なる社会体制の存在を認めないという点にある。従来は自由や人権の弾圧や強権支配などを理由に挙げて干渉が行なわれてきたが、近年ではこれに加え、「麻薬の撲滅」が前面に打ち出されるようになった。

 2025年9月には、トランプはアフガニスタン、ボリビア、ミャンマー、コロンビア、ベネズエラを「麻薬対策失敗国」と規定し、軍事攻撃も辞さないとした。いうまでもなく、このうちのラテンアメリカの3カ国は対米自立を掲げる中道左派政権である。トランプは第一次政権中から、ベネズエラのニコラス・マドゥーロ大統領が麻薬取引に関わっているとして大統領の「捕獲」のために報奨金を提示したり、ベネズエラ沖に原潜を派遣したりしてきたが、2026年1月3日にはベネズエラを空爆し、マドゥーロ大統領夫妻を拘束して副大統領のデルシー・ロドリゲスを臨時大統領に擁立した。ロドリゲスはかねてから米国との協調を謳い、ウーゴ・チャベス政権下では政府の統制下におかれた石油産業を米国などの外国企業に開放している。

加速化する「米国離れ」

後藤政子

神奈川大学名誉教授。専門はラテンアメリカ現代史。著書に『キューバ現代史――革命から対米関係改善まで』(明石書店)、『キューバを知るための50章』(編著、明石書店)。

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