【連載】電力総連の研究(4)左派一掃後の関電労組

後藤秀典(ジャーナリスト)
2026/05/06

複雑な賃金体系

 「もうサービス残業当たり前になってしもてん。夜も寝んとやるんですよ。土日は休みなんです。でも土曜日にね、弁当を持って出勤してね、夜まで仕事して帰る。全部サービス残業」

 こう語るのは、濱本英治さん。高校を卒業して以来、5年前に退職するまで、関西電力に勤めていた。本誌前号で紹介した関電労組の左派活動家で、最後まで関電にいたメンバーのひとりだ。

 1999年、労組の左派活動家に対する賃金や日常の仕事上での差別について、関西電力と原告・活動家の間で全面的な和解が成立した。「会社は将来にわたって憲法及び法律に従って他の従業員と公平に取り扱う」として関西電力は、12億円の解決金を払い、30年以上にわたる争議は終わった。だが、そのときには多数の左派活動家はすでに退職しており、残ったメンバーも退職を間近に控えていた。争議解決当時、40代半ばだった濱本さんは、活動家の中で、もっとも若手だった。

 争議が終わるのを待っていたかのように、関西電力は2000年、それまで基本的に年齢給だったのにかえて、成果型賃金を試験的に導入。翌2001年には、本格導入となった。

 基準となる賃金は、まず役割ステージとしてS1からS7までに分けられる。そしてそれぞれのステージに1から15までの号数がつけられる。それにもとづき支払われる給料が定められる。S1、2は、いわゆる平社員。S3は係長クラス。S4以上が課長以上で管理職となる(表1)。社員は年度初めにその年の目標をたてさせられ、年度末に達成度を自己評価する。会社側はその達成度などを参考にしながら次年度の等級を決め本人に提示し、本人が納得し押印した上で、その年の給料の等級が決まることになっている。しかし、会社側の昇給基準は、複雑極まりなく、従業員本人は、なぜその等級となったのかまったくわからないという。関電労組役員からも「ブラックボックス」と言われるほどだ。それゆえ、たとえ本人が示された等級に納得がいかなくても、理由がわからなければ反論もできず、ほぼ全員が判子を押すことになるという。かつて、年齢給だったころは、同期、同業種の間で恣意的な賃金格差があればはっきりと分かった。しかし、成果型賃金の下では、社員間での賃金格差は見えにくくなり、理不尽に感じても賃金差別として訴えることが難しくなった。

大リストラ

 賃金体系の変更の目的は、当時、電力会社が迎えていた難局にあった。2000年度の関西電力経営効率化計画には以下のように記されている。

後藤秀典

(ごとう・ひでのり)ジャーナリスト。1964年生まれ。NHK「消えた窯元10年の軌跡」、「分断の果てに〝原発事故避難者〟は問いかける」(貧困ジャーナリズム賞)など制作。著書に『東京電力の変節――最高裁・司法エリートとの癒着と原発被災者攻撃』(旬報社)、『ルポ 司法崩壊』(地平社)がある。

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