世界はこの報告書を受け止められるか――アルバネーゼ報告の射程と意義

早尾貴紀(東京経済大学教授)
2025/09/10
破壊された自宅で横になる11歳のサミール・ザクート。サミールはイスラエル軍による空爆で重傷を負い、片足と片手を失った。ガザでは病院や医薬品が足りず、彼は海外での治療を求めている。2025年8月14日。Omar Ashtawy/APA Images via ZUMA Press Wire/共同

 国連人権理事会のパレスチナ担当特別報告者フランチェスカ・アルバネーゼが今年6月30日に「占領経済からジェノサイド経済へ」という報告書を提出した。それに対し、アメリカ合衆国のドナルド・トランプ政権は7月9日、イスラエルと米国に対する攻撃であるとして、アルバネーゼに対する制裁を発表した。米国への入国禁止や米国内の資産凍結などの措置が取られることとなる。

 アルバネーゼによるイスラエルの占領政策批判については、2023年10月から激化しているイスラエルによるガザ地区攻撃に関する報告書が24年3月に「ジェノサイドの解剖」、同年10月には「植民地主義的抹消としてのジェノサイド」と題して提出されており、今回の報告書「占領経済からジェノサイド経済へ」はそれに続く重要な報告書となる。またすでにイスラエルは、最初の報告書の提出に先立つ2月に、アルバネーゼに対するイスラエルへの入国禁止を発表している。だが、イスラエルのこうした措置はこの公式発表によって始まったわけではなく、すでにアルバネーゼに対する入国妨害がなされ、さらにそのずっと前の2008年からリチャード・フォーク特別報告者に対してもすでに入国禁止措置が取られていた。フォークはこのとき、イスラエルがガザ地区に対する封鎖によって飢餓水準ギリギリに物流を止めていることを批判していた。そしてイスラエルは08年12月末から本格的にガザ空爆・侵攻を開始し、約20日間の集中的な攻撃でガザ地区住民約1500人を虐殺した。つまりイスラエルのガザ地区に対する封鎖・飢餓政策、空爆・侵攻による生活空間の破壊と住民虐殺は、23年にではなく、08年に始まっていたのであり、国連人権理事会特別報告者の調査に対するイスラエル政府の妨害もそのときに始まっていたのである。

これは「軍事占領」の問題ではない

 アルバネーゼの報告書「占領経済からジェノサイド経済へ」は、それまでの2つの報告と比べたときに、イスラエルの行為が「ジェノサイド」であることを明言している点で一貫しつつ、しかし前二者が同国の対ガザ攻撃に焦点を当てているのに対して、今回の報告は「経済」に、すなわち民間企業も含めた法人組織に焦点を当てている点で、大きく異なる。しかも、イスラエル企業についてだけでなく、同国と経済関係を結ぶ海外の企業についてまで名前を挙げて批判対象としていることは、注目すべきだ。

 まず同報告は、ユダヤ人国家をパレスチナに建国しようとするシオニズム運動が、本質的に土地の買収・占有によって先住パレスチナ人を入植ユダヤ人と置き換える「入植者植民地主義」であることを指摘する。それは土地のみならず先住民の農業・工業・商業などすべての経済活動を奪い、入植者のものに置き換えてしまうことである。すなわちイスラエル国家の建設は、パレスチナの民族浄化(大量虐殺だけでなく住民の強制的な置き換えも含む)であり、それは軍隊組織によるだけでなく企業組織が深く関与していた。そのことの指摘から報告書は書きはじめられている。

早尾貴紀

はやお・たかのり パレスチナ/イスラエル研究、社会思想史。ヘブライ大学客員研究員(2002-04年)。著書に『パレスチナ、イスラエル、そして日本のわたしたち』(皓星社)、『イスラエルについて知っておきたい30のこと』(平凡社)ほか。訳書に、ハミッド・ダバシ『イスラエル=アメリカの新植民地主義 ガザ〈10・7〉以後の世界』(地平社)、同『ポスト・オリエンタリズムーテロの時代における知と権力』(作品社)ほか。

2025年10月号(最新号)

Don't Miss